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「でも、折角付き合いだしたのに……楓にも僕の事は気にしなくていいって言ったんですけど、何だか悪い気がしちゃって、ごめんなさい」

蓮は一番口にしてほしくない言葉をさらりと、然も当然の事かのように言った。
絶体絶命とはこういう時に使う言葉だったらしい。
冷や汗を通り越して寒気が襲う。
蓮、お前に嘘ついてた事心から謝罪するから、今すぐここから立ち去ろう。
ちらりと香坂を上目で見れば、甘いマスクは俄かに瞳を大きくし、驚愕している。
香坂の隣に佇んでいる奴は訝しそうに香坂を横目で見ている。
そこの二人が付き合っていたら、本当ごめんなさい。

「…付き合ってる…」

香坂、お願いだから何も言わずに笑顔で流してこの場を去ってくれ。
何度でも頭を下げよう。だから。

「…そうだよね、楓」

「いや…あの…」

俺が言葉に詰まってると、香坂がいきなり口を開いた。

「そう、そういう事になって。な、楓?」

俺の気持ちを汲んでくれた事には感謝するが、隣の人絶対にキレてますよ。

「う、ん…」

「涼、どういう事だよ!」

「そういう事だ」

「僕は!?」

「お前と付き合ってると言った覚えは一度もない」

「…信じられない。涼の馬鹿!」

その人は最後に俺をきつく睥睨すると、半泣きになりながら去って行った。
綺麗で整った顔をしていたのに、こんなみすぼらしい俺なんかに香坂をとられてプライドはずたずただろう。
本当、俺のせいでごめんなさい。

「香坂先輩、僕余計な事言った?」

「いや、あいつはただの遊びだ」

「遊び…そうですか…。あの、楓の事よろしくお願いします。って、僕が言うのもおかしいけど、楓に辛い想いさせちゃった分、僕も楓に幸せになって欲しいから…」

「大丈夫だ。楓は俺が責任持って幸せにする」

足先を見詰め、事が早く終わる事だけを願っていた俺は、不覚にも香坂のセリフに顔が赤くなるのを感じた。
話を合わせるために言っただけなのに、こちらが照れるほど恥ずかしいセリフを臆する事なくさらりと言われれば、赤面しても仕方がない。

「それ聞いて安心しました。じゃあ楓、折角先輩に会えたんだしやっぱり先輩とご飯食べなよ。僕は大丈夫だから」

「じゃあ遠慮なく、楓はもらうぜ」

さりげなく肩を抱いた香坂に、蓮は満足した様子で微笑みながら去って行く。
待ってくれと手を伸ばしたが、抱かれた肩が脱臼しそうな程に力を込められ、それも叶わない。
こんな状況で二人きりにされても困る。
なんと言って説明と謝罪をしようか。

あの時はああ言う事が蓮にとって一番だと思い、思い付きで口にしたが、その時の自分を殺してやりたい。さっそく後悔の嵐だ。
嘘は身を滅ぼすとわかっていたはずなのに、こんなに面倒な事になるなど、単細胞の俺は想像すらしていなかった。

「楓」

いつもよりも低い声色に、情けなくも身体が震える。
今の俺達を図で表すならば、ライオンに首根っこを咥えられた兎だ。

「お前から交際申し込まれるとはな…」

これには海より深い理由があるんだ。声にならない声が喉を横切っていく。

「説明するからこっち来い…」

兎に角、場所を変えて二人で話さなければ。
香坂を俺の部屋へ招き、事の成り行きを説明した。
蓮が帰って来る前に話をつけなければ。

「なるほどな。そんな事だろうとは思った。お前、本当に頭悪いのな」

「う、うるせえな!」

「単純っつーか、不器用っつーか…」

呆れを表した溜息を吐かれ、しかし、なまじ間違っていないだけに言い返す言葉が思い浮かばない。

「しょうがねえから協力してやるけどな、俺はボランティアなんてごめんだからな。偽装とは言え、俺達は付き合ってんだ。それ相応の行動をとってもらう」

「それ相応って…一緒に帰るとか、ご飯一緒に食べるとか?」

「そうだな。それは勿論、普通の恋人同士がするような行動までだ。俺は勝手に巻き込まれて、女とも遊べねえ。お前にはそれ相応の代価を払ってもらう…勿論身体で、だ」

言うと思った。
今まで俺に手を出さなかった事の方が奇跡に近いと思う。
チャンスだと言わんばかりに好き勝手するであろう。
しかし、俺は意外にも身持ちが固い。好きでもない相手とそういった行為をして何がおもしろいのかいまいち理解しかねる。
確かに、可愛らしい女の子に言い寄られればNoとは言えないかもしれないが、相手はこの男だ。絶対にごめんだ。想像しただけで吐き気がする。
しかも、蓮と付き合っていた時は俺が好き勝手攻める立場だったが、こいつとならば間違いなく俺が女役だろう。
いや、考えるのは止そう。
恐ろしい答えに心が悲鳴を上げる前に思考を停止した。

「お前とつきあってる間は、俺も自由に動く事ができない。今まで関係を持ってきた奴全員切らなければならない。ま、俺は別にいいんだぜ?蓮にほんとの事言ってもな…」

こいつは悪魔か。綺麗な顔して性格は悪魔だ。
しかし、考えてみれば香坂には申し訳ない事をしたかもしれない。今までだって色んな噂が絶えなかった奴だ。相手にも不自由してこなかっただろう。
それが、俺のせいで禁欲生活なんて、こいつに耐えられる訳がない 。

「どうすんだよ、楓。蓮に本当の事言って、前の状況に逆戻りするか、黙って俺に抱かれるか……まあ、蓮に本当の事を言えば、楓に嘘を付かせたって更に自分を追い詰めるのは目に見えてるな…」

香坂のおっしゃる通りだ。蓮は益々自分を苛め抜くだろう。
でも、だからってこいつにおとなしく抱かれるのも絶対に嫌だ。
でも、蓮を守る為。
葛藤の中頭を抱えながら唸り続けた。
どちらも嫌だと突っぱねてどこか遠い地へ逃げ出したい。

「うー……せめて俺が抱く方じゃだめ…?」

「は?ふざけんなよ。何で俺がお前なんかに」

「ですよね……でも、俺だって男だし!そんな簡単に決めらんねえし!」

「腹括れ。四の五の言ってる場合じゃねえだろ」

悩み続け、はたと良い事を思いついた。
ここはとりあえずおとなしく抱かれると言い、そういう雰囲気になったら逃げればいいのだ。
力では敵わなくとも、足なら結構自信あるし、ゆうき達の部屋にでも匿ってもらえば。

「…わかったよ。お前に抱かれるよ」

案の定、香坂は俺の答えがお気に召したようで、にっこり笑った。
この笑顔に皆堕ちるのだろうが、俺はそんな飾り物の笑顔には騙されない。

「お前ならそう言うと思ってたよ……俺から逃げられると思うなよ…」

耳元で囁かれれ、自分の浅はかさに涙が滲む。
俺って真性の馬鹿?

「あの…やっぱり…」

「男に二言はねえよな」

それを言われては言葉を呑み込んでしまう。
香坂程男らしい見た目はしていないが、俺も一応男であり、男に生まれたからには自分の掟を破る行為はしたくない。
香坂の言う通り、男に二言などあってはならないのだ。

「今ここで襲う気はねえから、安心しろよ」

勝ち誇った表情でぽんと肩を叩かれ、悔しさで唇を噛み締めた。

「当たり前だ!」

「ま、これからよろしく頼むぜ。一応、お前の彼氏なんだから」

俺は彼女が欲しかった。蓮と別れたら、次こそは可愛らしい彼女を作ろうと決めていたのだから。
女ならば香坂とつきあえるとなれば、ステータスにもなるだろうし、泣いて喜びそうな所だが、俺は泣いて悲しみたいくらいだ。
枕を濡らしながら寝る日も遠くなさそうだ。

「話も済んだし、飯食いに行くか」

「は?一緒に行くのかよ?」

「当たり前だ。お前は俺のモノだ。それをみんなにわからせねえと、馬鹿に襲われるぞ」

「ある訳ねえだろ。男の俺を襲うなんて」

女の代用品として男と身体を重ねるのも悪くないと、若さ故の興味と好奇心でそういった事がないわけではないかもしれない。
しかし、俺はない。女顔でなければ、特別整っているわけでもない。身長や体格も普通の一般的な高校生男子だ。
線が細いわけでもないし、白くもない。

「お前、中学の時に俺とタメの奴に付き纏われてた事あるらしいじゃねえか」

「げっ!なんでそれを…」

思い出したくもない過去なのに。
けれども、あれは何かの間違いであって、あいつがちょっと頭おかしかっただけであって。

「兎に角、やるなら完璧にやれ。周知の事実にさせるのが一番手っ取り早いだろ」

強引ではあるが、香坂の言葉は的を得ている。
渋々、頷くしかできない。

「じゃあ、文句言わずに俺と一緒に行動しろ。俺が相手なら、誰にもお前に手出したりしねえよ」

どこからその自信が来るのかはわからなかったが、香坂が言うと妙な説得力があるのは何故だろう。

「もし、何かされた時は即効俺に言えよ。変に隠してもわかる事だからな」

こいつに言ったら相手をどうするか想像できるから恐い。
でも言わなかったら俺が酷い事されそうで恐い。
そんな事はありえないと思いながらも素直に頷く。
口答えすれば次はどんな風に威圧されるか。

「わかった」

「じゃあ行くぞ」


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