Episode3:罪と罰

「……俺な…香坂とつきあってんだよ」

蓮を守るために咄嗟に口から出た嘘だった。
自分でも自分が何を口走ったのか、理解できなかった。

「え…?」

しかし、蓮が俺に気を遣わず、罪の意識を持たずに生きるにはこうするのが一番なのだ。
蓮は本当に優しすぎる。
俺が傷ついた分、自分はそれ以上苦しもうとする。
もっと自由に生きていいのに、不器用な性格してるよ、ほんと。

「うそだ……楓、僕のためにそんな嘘ついたんでしょ…?」

「いや、本当。さっき帰ってる時そういう事になった。蓮と揉めた時に、色々相談に乗ってくれたし、心配もしてくれた。まだ完璧に好きじゃないけど、これから好きになれるって確信があるんだ」

我ながら完璧な演技。
香坂を好きだど、微塵も思ってはいない。今でも俺は蓮だけを想っている。
香坂には悪いが、言ってしまったものは仕方がない。しばらくの間だけでも恋人の演技に協力してもらおう。

「俺は一歩前に踏み出した。だから、蓮、お前も前に進むんだ。俺には香坂がいてくれる。蓮は何も気にしなくていいからな」

蓮は疑うような目をしていたが、この際本当だって言い切ってみせる。

「……そっか、楓がそこまで言うなら信じるよ……楓、おめでとう。香坂先輩と仲良くしなきゃだめだよ?」

「ああ」

やっと蓮に笑顔が戻った。
すぐには無理かもしれないが、これで俺に負い目を感じずに生きていけると思う。

蓮は不器用にしか生きれない奴だ。
でも、蓮は俺以上に苦しみ、辛い思いを十分したはずだ。もう罪は償ったはずだ。
もう苦しまなくていいんだ。
自分が会いたい人に会って、話したい人と話せばいい。
蓮、もう十分なんだ。

蓮はもう大丈夫だろうと、後はゆうきにフォローを頼み、寮内を徘徊した。
蓮が一番素直に気持ちを吐き出せるのはゆうきだ。
俺には言えない悩みも、気持ちも、ゆうきには話せるだろうし、ゆうきも蓮の気持ちを受け止めてくれるだろう。

問題は香坂だ。蓮に嘘を言ってしまった以上、香坂にも協力してもらわないといけない。
あいつに頭を下げて頼むのは癪だが、背に腹は代えられない。
蓮に嘘だとバレる前に、香坂に口裏を合わせるように言わないと。
しかし、困った事にあいつの電話番号など知らないし、部屋にもあまりいないと言っていた。
考えてみれば、俺は香坂の事何も知らない。
どうしたものかと悩んでいる内に、もう夜の七時を回っている。
そろそろ腹減った。
腹が減っては戦はできぬと言い聞かせ、とりあえず食堂へ行こうと部屋へ戻った。
室内には蓮一人だけで、ゆうきの姿はない。
蓮に聞けば、景吾に呼び出され戻ったという。

「蓮、そろそろ食堂行かね?」

「もうそんな時間?じゃあ行こうか。でも、折角香坂先輩と付き合い出したのに、僕と一緒でいいの?」

疑う余地もなく、透き通った瞳で問われ言葉を噛んだ。

「い、いいんだよ!友達も大事だろ?」

「うん…楓がいいならいいけど…」

疲れる。嘘をつくという行為は思った以上に大変だ。
早く香坂に会わなければ。
食堂に着き、今日は何を食べようか悩んでいる時、蓮がいきなり大きな声を出した。

「あっ!」

その声に、情けなくも身体が強張った。
何に緊張してんだ俺は。

「楓、香坂先輩だよ!行かなくていいの?」

そんな気を遣わなくていいんだよ。いや、お願いだから遣ってくれるな。
まだ香坂と話していないのに、こんな状態で会えば蓮に全てばれてしまう。

「い、いいよ、俺は蓮と飯食いたいし…」

「楓、僕に遠慮しないでよ。僕なら一人でも大丈夫だし…楓の邪魔したくないし、僕も楓には幸せでいて欲しいから」

蓮は俺を試そうとそんな事を言っているわけではないのはよくわかる。
俺達の事を純粋に応援したくて、蓮なりに気を遣っている事もよくわかる。
でも、今はタイミングが悪すぎる。

「あっ、香坂先輩僕達に気付いたみたい。こっちに来るよ。見た事ない人と一緒にいるね……綺麗な人だ…」

須藤先輩と一緒ならまだしも、誰かもわからない奴と一緒かよ。
どうせ、香坂が適当に遊んでいる奴の一人なのだろう。
俺は冷汗が背中を伝うのを、気持ち悪いと思いながらもこの状況をどうにか脱出できる方法はないか、ない知恵絞って考えた。
しかし、頭をフル回転させている間にも、香坂が近付いて来る。

もうダメだ。
終わった。

諦めの溜息が口から出る。

「よお。ここで会うのは初めてだな。蓮、元気か?」

話しかけんな!と言って逃げ出したかったが、蓮が余計な事を口走る前に香坂が去ってくれるのを願うしかない。
絶対に寿命が縮んでいる。

「こんばんは、香坂先輩。あの……楓と一緒にご飯食べたかったですよね?何か、僕が楓とっちゃったみたいで、ごめんなさい」

蓮は誰にでも平等に優しい。聖母のような心を持っている。
しかし、お前の優しさここで発揮しなくていいから。

二人の会話に緊張で身体を震わせながら、視線を泳がす事しかできない。
ここは温和に話が終わる事を祈ろう。
神に祈る以外、俺に何ができる。

「…いや、俺は別に構わねえけど…」

香坂も何故急に蓮がこんな事を言うのか、不思議がっている。
蓮の口ぶりでは、遠回しに二人を邪魔してごめんなさいと言っているようなものだ。
いきなり蓮がそんなニュアンスの言葉を発すれば、当然香坂も疑問に思う。
香坂の隣にいた奴も、蓮の言葉に眉間に皺を寄せた。
きつく香坂を睨み付けているが、香坂は然程気にした様子はない。

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