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何度も俺に泣きながら謝る蓮に、俺はその度にいいんだと言ってやった。
蓮は一生分に値するほどの涙を、俺のために流してくれた。
香坂が教えてくれたように、蓮が俺のために涙を流してくれたという事は、俺の事を愛していた証拠なのだろう。
それが友情という形であっても、嬉しかった。

泣き疲れた蓮が眠ったのを確認し、部屋を出た。
今日の内に会っておきたい人がいたからだ。
一度しか行った事のないその部屋の道程を、俺は意外にも正確に覚えていた。

部屋の前に立ち、遠慮がちにノックをすると、きっと風呂あがりなのだろう。濡れた髪にスウェットというラフな格好の香坂が顔を出した。

香坂は俺を見ると、自然な素振りでドアを閉め、廊下に出た。
きっと、須藤先輩と俺を会わせないためであろう。
そんな些細な行動一つでも、俺を気に掛けてくれているとわかり、それが今の俺には救いだった。

「何だ?俺が恋しくなったか?」

「馬鹿か…」

「とにかく来いよ」

零れる笑みを隠さずに香坂の後をついて行けば、談話室だった。大きなテレビとテーブル、椅子があり、生徒が自由に使っていい場所だ。
椅子に座る香坂と対峙して、俺は口を開いた。

「蓮と話したよ。あいつ、泣きながら何度も俺にごめんって謝るんだ。それ見てると、切なくなって…。蓮は須藤先輩が好きだって言った。俺も別れようってちゃんと言えた…」

「…そうか…頑張ったな」

俺が蓮にしたように、香坂が俺の頭を撫でる。
子供扱いされているようで嫌なのに、その手が気持ちいい。
蓮とつきあっていた時は、俺が蓮を守ろうと必死だったし、蓮に男らしいと、頼りになると思われたくて、無理に背伸びしていたが、香坂といるときは自然体でいられた。
どう考えても香坂の方が大人だし、俺が背伸びしたところで敵う相手じゃない。そう思えるからか、こいつには弱い自分も見せられるような気がした。

「それで、お前は?部屋もクラスも同じだろ?耐えられんのか?」

「俺は…やっぱりまだ蓮が好きし、蓮を見る度辛くなるかもしれないけど、どんな形であれ蓮の傍にいたいんだ。友達だっていい。蓮を知らなかった頃には戻れないし、他人になる事は無理だ。未練がましいかもしれないけどさ…」

「いや、蓮もその方が楽になるだろう。ただ、好きな奴と友達でいるって事は、思ってるよりも辛いぞ。それに耐えなきゃおまえも前には進めない。頑張れよ」

「ああ…あの……色々ありがとな…」

「…まあ、辛くてしょうがねえ時は俺を頼れ。お礼はキスくらいで勘弁してやるからよ」

そう言ってウインクする香坂を殴ってやろうかと思った。
折角いい奴と見直したのに、こいつはこういう奴だった。

「欲求不満なら他あたれ」

「俺はお前とキスしたいんだよ」

「だから、俺はお前となんて御免だ」

「蓮と別れたって噂が広まると色々厄介だ。その前にお前を頂く。お前は今フリーなんだから、別にいいだろ?」

「堕とせるもんなら堕としてみろよ」

挑発的な笑みを見せながら、いつも冷静でいる香坂を動揺させてやりたくて、捨て台詞のように言い放ち、その場を後にした。
あいつはどんな表情をしているだろう。
上等だとほくそ笑んでいるかもしれない。

これからの事を考えると不安で仕方がない。
けど、俺は新しく一歩踏み出す事ができたのだ。
今はそんな自分に拍手してやろう。

香坂と別れた俺は、景吾とゆうきの部屋へ向かった。明日からまた学校だ。二人に何か突っ込まれて、蓮が辛い想いをしないように、二人には話しておかないといけない。
今までだって、俺達の事を応援してくれた大事な友達だ。

「…楓……どうした?蓮は一緒じゃないのか?」

ゆうきが俺に尋ねる。景吾は既にベットの中のようだ。よく食べてよく寝る奴だから仕方がない。
ゆうきに話して、景吾にはゆうきから伝えてもらおう。

「ああ、蓮は寝てる。ちょっと話があってさ」

伊達に中学から友達をやっていた訳じゃない。
ゆうきは俺の様子が少しおかしい事に気付いたようだ。
自分の事には疎いくせに、周りの人間の変化には一番に気付いてくれる。
コーヒーを出され、砂糖とミルクをたっぷり入れて一口飲んだ。

「お前のコーヒーの飲み方、相変わらずだな。そんなんじゃ糖尿病になるぞ」

「これがうまいんだから、いんだよ」

「で、どうしたんだよ?」

「あ、うん……蓮と、別れたんだ…」

「…そうか…」

ゆうきは意外にも然程驚いた様子はなかった。
もしかしたら、こいつの事だから、蓮の気持ちに気付いていたのかもしれない。

「ゆうきは蓮の気持ち、気付いてた?」

「…蓮から一度相談されたんだよ。須藤先輩に、仲良くしてほしいって言われて、でも楓の事を考えてあいつ、断ったらしい。けど、やっぱり須藤先輩の事断ち切れなかったらしくて、どうしたらいい、ってさ…」

須藤先輩にどんな気持ちで断ったのか…蓮の事縛って、傷つけて、それに気付かなかった自分を思い切りぶん殴ってやりたい。

「楓には悪いけど、俺は蓮の人生なんだから、お前の好きにしろって言った」

「いや、それでいいよ。蓮が須藤先輩を好きになったのだって、ある意味自然だったのかもしれないし。でも、俺はこれからも友達として蓮とつきあっていくつもりだから。お前らには気遣わせるかもしれねえけど、俺達四人が普通の友達になれるまで、よろしく頼むよ」

「俺と景吾の事は気にすんな。どのくらい時間がかかるかはわかんねえけど、俺達はずっと友達だし、お前と蓮が友達でいる事が自然になる時は必ずくる」

優しく笑いながら言ってくれたゆうきの言葉が、現実になる日が早く来ればいいと思った。
蓮の事、恋愛として好きではなくなるのは寂しいけれど、このままの気持ちの方が辛いし、蓮と違和感なく一緒にいられるようになりたい。

今回の事で自分のためになった事もたくさんあった。それを教えてくれたのは、蓮だったり、ゆうきだったり、香坂だったり…。

蓮と出逢い、愛し合って、別れて…一つも無駄な事はなかった。全部ちゃんと意味があった。
いい思い出にできるように頑張ろう。


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