3

高校に入学してから寝泊りしていた、通い慣れた自室の前で一つ深呼吸をした。
背中を押してくれた香坂と別れ、静かにドアノブに手を掛けた。

『またなにかあった時は俺のところに来い。どっかに走って行かれたら見つける俺が大変だからな』

最後に憎らしくも励ましの言葉をくれた香坂の顔が、やけに脳裏に焼きついて離れない。
きっと、今度は冷静に蓮と向き合う事ができる。
意を決し、扉のノブに添えていた手に力を込め、ゆっくりと開く。

「蓮…」

蓮は身体を丸めて、小さな身体を更に小さくしていた。

「…楓」

俺の顔を見ると蓮の瞳にじんわりと涙が浮かんだ。それを隠すように俯いた姿に胸をぎゅっと握られる。蓮を泣かせてしまったのだと思うと自分が情けなかったからだ。
蓮の元へ歩み寄りごめんなと謝れば蓮は勢い良く顔を上げ、何度も首を左右に振った。

「何で…なんで楓が謝るの?楓は悪くない。全部僕が悪いのに、何で…?」

大きな瞳いっぱいに涙をためて、けれども泣くもんかと堪えているのがわかる。

「楓のこと傷つけたくなかったから、須藤先輩と仲良くするのやめようとした。でも、できなかった…ごめん。本当にごめん、楓…」

蓮がこれでもかというくらいに自分を傷つけ、虐めているだろう。
蓮が最低な人間など誰も思わない。
誰よりも優しくて、それ故に時に人を傷つけてしまうだけだ。
蓮が何を考えているか、こうして対峙すれば理解できるのに、最近の自分は蓮を真剣に受け止めていなかった。
どこかで奢っていた。蓮は自分の言う通りにしてくれるし、何の心配もいらないのだと。
無理にそうさせていたにも関わらず幼稚すぎてそんなことにも気付けなかった。
どんな思いで蓮は俺の言葉を聞いていたのだろう。自分がただの独裁者だと漸く気付いた。
そんなの愛しているといえるのか。玩具を独占したい子供と同じだ。

「お前は本当に……自分をあんまり責めちゃだめだ。蓮だけが悪かったわけじゃねえよ。俺も悪い」

「…なんで。なんで怒らないの。僕楓に隠し事してた。お前なんか嫌いだって、なんで言わないの…」

蓮は真面目で潔癖でとんでもなく不器用だ。自分に厳しく、他人に甘い。
だから放っておけなかった。今だって、これからも放っておけない。
蓮の頭に手を差し込み、何も考えられないようにと思いきり頭を撫でた。

「馬鹿だな。蓮は本当に馬鹿だ。俺よりも、景吾よりも、ゆうきよりも馬鹿だ。馬鹿がつくほど真面目でどうしようもない奴だよ、ほんと……蓮、話したいことあるだろ?」

「僕……須藤先輩のことが好きだと思う。ごめん…本当に、ごめん……」

予想していた言葉だが、何度もキスしたその唇で他の男に蓮が奪われたと知った瞬間、感じたことのない痛みが胸に走ったが、逃げないと決めた。
蓮も逃げずに正直に言ってくれた。
それはとても勇気が必要な行為で。
だから俺も蓮に正面から向き合う。

「…蓮、俺達別れよう」

言った瞬間、蓮は瞠目した様子で、零れそうな大きな瞳で見上げた。

「お互いそれぞれの道を歩むんだ。お互いのパートナーではなくなるかもしれないけど、俺は蓮を想ってる。お前には幸せでいてほしいんだよ」

蓮をこんなにも好きなのに、別れるなんて耐えられない。
言葉は感情と反して、覚悟を決めたと言いたげだが心の中は既に未練たっぷりだ。
本当は他の男に蓮を渡したくなどない。
俺の隣でずっと微笑んでいて欲しい。
蓮の優しさ、すべてを俺だけのものにしたい。
恋しくて、こんなにも好きなのに。
でも、こればかりはどうしようもない。
心移りなんて恋愛沙汰ではよくある話だし、蓮は限界だった。誰かの所有物でいることに。
それを本人は気付いていないかもしれないが、自分がどんな風に蓮を扱ってきたかを思い出すと鎖を解いてやらなければいけないと決めた。

「もう泣くな」

言葉を発する度に我慢できない雫が幾筋も頬を伝っている。
蓮の泣き顔は見たくないといつも思うのに、泣かせているのはいつだって自分だった。
大事にしたいと思えば思うほど空回りして、独占する以外に愛する方法を知らない子供だった。

「…完璧に友達って思うまでには時間がかかるかもしれないけど、部屋だってクラスだって一緒だし、せめて友達として傍に置いてくれよ」

笑顔を向ければまたもや蓮の瞳には大粒の涙が浮かんだ。
蓮に向けて言った言葉は、自分自身に言い聞かせているようなものだ。
格好いい言葉を言っても、心の中では大人になどなれずに蓮が欲しいともがいている。
けれども、泣かせたいわけではない。
蓮には涙よりも笑顔の方が似合うと、俺が一番知っているのだから。

「…本当にごめんね。楓の事、本当に、好きだったよ…」

「わかってるよ。もう泣くな…」

蓮の頭を撫で、慰めても、蓮の悲しみを形にした涙は止まらない。

俺、須藤先輩、ゆうきや景吾、色んな人に愛されている蓮は、それと同じように皆を愛している。
きっととても辛かっただろう。言い出せずに涙した時もあっただろう。
気付いてやれなくてごめんな。
蓮には笑顔の方が似合ってるよ。
もう俺という呪縛に悩まされなくていいんだ。
だからどうか幸せになってほしい。
そうでなければ、お前を諦めた決意が無駄になる。
どんな手を使ってでも傍において、自分で幸せにすればよかったと後悔してしまう日がきてしまう。

今以上に幸せになってもらわないとお前のことをまた欲しくなってしまうから。

[ 7/152 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -