Episode2:眩暈

あれから三日ほど経ったが、須藤先輩も香坂の姿も見ていない。
付き纏うのを止めたのだと、皆がいつもの日常を取り戻した事に安堵していた。ただ一人、蓮を除いては。
最近蓮の様子がおかしいように見える。
いつも通りに振舞っているつもりだろうが、常に一緒にいる俺にはそれが、空元気だという事が痛いほど伝わってくる。
何かあったのかと聞きたいが、それを聞かせてくれない雰囲気が漂い、少しでも元気になってもらおうと、気を遣う事しかその時の俺にはできなかった。
今思えば、変な気など回さずに、何があったんだと素直に聞いていればよかったのかもしれない。



「よお、最近蓮とどうだ?」

この人は何故俺の行く先々に現れるのだろうか。俺、GPSとか付けられてないよね…。

ポカポカ陽気に誘われて屋上で日向ぼっこを楽しむはずだったのだが、香坂の登場で俺の気持ちは最果てまで沈む事になる。
目を開けてその人物を確認すれば、相変わらずの甘いマスクで口を三日月に変えていた。

「別に。普通」

「へえ。最近拓海の奴が機嫌良くてよ。もしかしたら蓮と何かあったのかと思ってよ」

「お前の勘違いだろ?大体須藤先輩のお気に入りが蓮って決まったわけじゃないし」

「いや、俺の勘は外れねえよ」

野生の勘とでも言うのだろうか。
確かに、この男には獣並みの直観力が備わっていてもおかしくはない。
しかし、蓮は俺に謝り、嫌いにならないでと懇願したのだ。どこに疑う余地があろうか。
もし、須藤先輩が蓮の事を気に入っているとしても、俺には今までの蓮と過ごした長い時間がある。
どう考えても俺の方が優勢だ。
香坂の仲間の須藤先輩なんかに、大事な蓮は渡さない。

「だったら何だよ」

「あれ、今度はこの前と違って自信満々じゃねぇか。そんなに余裕こいてると持ってかれるぞ」

「あんたは俺と蓮が別れてほしいんだろ?」

「まあな。けど、拓海があっさり蓮を手に入れるのは勘に触るだろ?」

「悪いけど、須藤先輩と蓮がどうなるって事は絶対ない。ついでに、俺とお前がお付き合いをする事も絶対にない。大金積まれても絶対御免だね」

それが年末ジャンボ宝くじに値する金額でもな…。
俺は男が好きなわけではない。蓮だから性別が同じ男でも愛しいと思えるのだ。

「そんな大口たたいていられるのも今のうちだ。覚悟しとけよ」

「お願いだからやめて下さい。ストーカーで訴えますよ…」

そう、俺達の日常がこいつらのせいで崩されるのだけは我慢できない。
しかし、俺が気付いていないだけで、俺達四人のバランスはこの時点で、少しずつ、微かに崩れ初めていた。



授業終了のチャイムが鳴ると共に、香坂は俺のクラスへ毎日のようにやって来た。
今日こそは蓮を連れて逃げようという決意も、あいつの登場で儚く散った。
一時期は俺の前に表れなくなったのだが、最近は毎日顔を合わせている。勿論、不本意だが。
何故こんなにも俺に執着するのか、あいつの気持ちがわからない。恋人がいる人間を想うなんて、時間の無駄としか思えない。
それとも自分に余程の自信があるのか…。
だいたい、俺に構わなくとも、香坂ならば老若男女選り取り見取りだろう。
一年の中にも、俺を妬んでいる奴も多少いるらしい。
俺は香坂の事などなんとも思っていないのに、全く迷惑な話だ。

「迎えに来た」

俺の席の前まで来た香坂は、まだ机上に身体を懐かせていた俺の襟首を引いた。

「俺は頼んでない!蓮と帰るんだから邪魔すんな!」

「お前も学習能力のない奴だな。お前の意見は聞いていないって言ってんだろ」

「人の迷惑も考えろ!」

こんな言い争いをしている間にも、俺の腕は香坂にがっちり掴まれ、その圧倒的な力の差には敵う訳がなく。
筋トレだ。筋トレしよう…。
同じ男で、一つしか歳も違わないのに、この力の差は何なんだ。
簡単に俺をねじ伏せる香坂が気に入らない。

嫌々ながらも、寮までの十分程の短い時間だと思えば我慢もできたが、今日に限ってもう少し話をしようと駄々をこね始めた香坂。
この下校の十分間を、お前にあげてる事だけでも感謝しやがれ。

「俺は早く部屋に帰って蓮と話してえんだよ!」

「お前ら学校で嫌って程話してんだろ?そんなに長く一緒にいると飽きるぜ?」

「俺はお前みたいに気が多くないから大丈夫です」

「酷え言いよう。とにかく俺の部屋に来い。拓海も一緒だし、部屋に入れてもなんもしねえよ」

須藤先輩の名前を聞き、怒りも一気に急降下した。ただ、嫌悪感ばかりが胸を一杯にする。
須藤先輩とは、会いたくない。
蓮と何も関係がないのは承知だが、一応ライバルかもしれないし、あの優しそうな目を見ると、本気では嫌いになれないから。

「須藤先輩もいるのか?」

「二人がよかったら追い出すけど?」

「な訳ねえだろ!自意識過剰野郎が…」

悪あがきだとわかっている。
腕を掴まれればその手からは逃げ出せない。
触れられた部分があまりにも熱くて、本気で拒む事ができない。
その証拠に、言い争いをしている間にも、香坂の部屋へ続く道程を着々と進んでいる。


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