Episode1:プロローグ

私立東城学園は中高一貫教育を導入している全寮制男子高校だ。
都内の片隅でひっそりと息をしている。
特別偏差値が極端に高いわけでもなければ、幼稚舎からあるような由緒正しい大層な学園でもない。
スポーツには力を入れているらしいが、スポーツ推薦で入った者以外は、エスカレーター式という事も相俟って、だらけた学園生活を送っている者も多い。
俺、月島楓も例外ではない。
成績は中の下くらいで、勿論帰宅部だ。
だが、それには訳がある。
中学からの恋人である夏目蓮と一秒でも長く一緒にいるためだ。

最初は男同士などと考えられないと、当然の抵抗は勿論あったが、この狭い箱の中で生活している俺達は、女の"お"の字も知らない。
右を見ても左を見ても、男ばかり。
承知の上で入学したのだが、さすがに辛いものがある。
しかも高校生といえば、有り余るさまざまな欲望を抱え込む年頃。
まさに思春期真っ只中だ。その理性の脆さは獣並みだ。
選択権は俺達にはない。
外部に彼女を作る者の方が勿論多いのだが。

しかし、そんな俺にも頭を抱える悩みが。

蓮は中学から三年間ずっと寮の同室者で、俺も平均身長しかないが、それよりも小さくて、可愛いらしい柔らかな顔の造りをしている。
いかにも庇護欲が掻き立てられる、男心が擽られるタイプだ。
だが、頑固で勝気なところもあり、そのギャップがまた魅力的だったりするのだ。
俺達の関係は高校に入っても変わる事は絶対ないと思っていたのに、俺達の関係は少しずつ変わろうとしていた。
蓮の様子がおかしくなってきたのは、一ヶ月前、あいつらと出逢ってからだ。

一ヶ月前、高校へ進学した俺達は新しい教室、新しい先生、中学の時よりも多少豪華な校舎に胸が躍る思いだった。

「楓!委員会決めた?」

満面の笑みでそう話かけてきたのは、中学からの友人である相良景吾。活発そうな笑みがよく似合い、性格も太陽のように底抜けに明るい。
アシンメトリーのショートカットはオレンジに近い茶色で、一部黒く染められている。
そして、その隣でいかにも気怠そうにしているのが真田ゆうき。
ゆうきは純和風の顔つきで、双眸や髪も漆黒の闇だ。化粧をしているわけでもないのに、白い肌は光りを放ち、血色の悪い顔色が更に美しさを際立たせる。そのくせ、唇は摘みたての苺のように赤く、気だるい雰囲気が妖艶だ。学年で一、二を争う美少年である。
中学の頃は蓮を入れて、この四人で行動を共にしていた。
それは高校へ進学しても変わる事はない。

「いや、まだだけど」

正直、委員会など面倒なものには入りたくない。
だが、運動部に入らない者は強制的に何らかの委員会へ属さなければいけない決まり事があるようだ。

「ふーん、そっか。蓮は?」

「僕もまだ決めてない」

「俺はねー、購買部がいい!先輩に聞いたんだけど、購買部に入れば苦労しなくても昼飯ゲットできるんだってさ!」

景吾にはよく当て嵌まる委員会だ。
四人の中では一番身長も高く、身体つきもすらりとしているが誰よりも大食いで見ているこちらが具合を悪くする位に食べるのをやめない。

「ゆうきは?何か決めてんの?」

聞き役に回り頬杖をつきながら窓の外を見ているゆうきに話をふる。

ゆうきは常に冷静で、口数も極端に少ないし、感情が表に出る事も皆無。
多少の表情の変化を読み取る事が俺達は可能だが、傍から見れば常に無表情だ。
つきあいが長い俺達でもたまに何を考えているのかわからなくなる。
でも、友達や自分よりも弱い物にはすごく優しくて、いい奴なのは確か。

中学の頃、俺が先輩に絡まれていた時、ゆうきがたまたま通りかかり、いつものゆうきからは想像もつかないような、すごい剣幕で先輩の胸倉を掴みかかったのを見て、怒ると恐い事が判明し、それからはなるべくゆうきの感情を逆撫でするような行動はみんな控えている。
くだらない事では一々怒ったりもしないほど、無感情に近い性格ではあるのだが。

「いや。楽な委員会がいい」

相変わらずの無表情でゆうきが答える。
張り切って委員会に参加するのは景吾くらいなもので、内心誰も、進んでやりたくないのだ。

景吾以外の俺達はそれ以来、委員会の事などすっかり忘れ、一週間後、担任から告げられた言葉に、ちゃんと決めていればよかったと後悔する事になった。

「夏目と月島、それと真田。お前ら委員会決めてなかったみたいだから、一番人数が集まらなかった委員会に入れたからな」

「は?何の委員会…?」

「風紀委員だ。よろしく頼むぞ」

にっこり微笑む顔は好青年なのに、その綺麗な口からは絶望的な言葉が容赦なく発せられた。
担任である浅倉陸の"風紀委員"という一言にその場にいた俺達三人は石のように固まってしまった。

「風紀って…」

ゆうきの声もどこか弱弱しく、今の心境をはっきりと反映しているようだ。
俺達が風紀委員なんて、先生もいくらなんでもあんまりではないのか。
どこからどう見ても風紀委員の成りはしていない。
蓮はブレザーの制服を割りときちんと着こなしているが、俺とゆうきは論外だ。
いや、ここは見た目の問題ではない。

「マジかよ…」

もはや溜め息しか出ない。
こんな事ならば、景吾と一緒に購買部にでも入るんだったと、俺を挟んで立っている友人二人も、そう思っているに違いない。

大体この学園の風紀委員など名ばかりで、その実態は風紀を取り締まるとも思えない人達が集まる委員会で有名だ。
所謂帰宅部に限りなく近いのが風紀委員会だ。
それ故、風紀委員に入っている先輩は、札付きばかりで、目をつけられないように、面倒事に巻き込まれないようにと、毎年一年生からの参加者は0に近い。
だが、今年はそうもいかなかったらしく、俺達が何も言わなかったのをいい事に、浅倉が勝手に決めたようだ。

「決まっちゃものはしょうがないよね…。でも、そんなに活動もないし、楽かもしれないし」

頑張ってプラスに考えようとしている蓮と

「……………」

相変わらず、納得いかないというような顔をしているゆうきに挟まれ、俺も腹を括ろうと決意した。
楽な委員会なのは確かだし、集会がある時はおとなしくしていればそれでいい。
服装はだらしなくても、許容範囲内だと思うし、目をつけられる事はないだろう…いや、ないと願う。



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