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決めただけで行動に移せないまま停学終了まであと一日。
根性なしのだめっぷりを改めて実感した。
枕を腕に抱きながらベッドの上をころころ転がり、スマホに手を伸ばす。
景吾に連絡しようとアプリを開き、いやもう少し寝かせようを繰り返している。
そんな自分が嫌になってスマホを放り投げ、学食へ向かった。
どんなときでも腹は減る。思考と真逆なぐう、と能天気な腹の音には逆らえない。
学食を出たところで蓮に声を掛けられ、久しぶりの癒しに荒んだ心が随分癒された。

「秀吉のとこ遊びに行かない?」

服をちょいちょいと引っ張られ、もう、しょうがないなあなんて鼻の下を伸ばす。

「今三上君が部屋に来てて、ちょっと帰りずらいんだよね」

「三上?なんで?接点あったっけ?」

「あるような、ないような…」

濁した言い方に首を捻り、まあ、いいけどと秀吉の部屋を訪ねた。
すぐに秀吉が顔を出し、一瞬驚いたあとちょうどよかったと呟いた。
扉を全開にするとソファの上でゲームをする景吾と目が合い、瞬間お互い眉を寄せた。
冷静に、自分も悪かったと散々思ったのに、顔を見るとあのときの怒りがぶり返す。
狭量な男だよなあと呆れるが、あちらも似たようなものだろう。

「まだ仲直りすんでへんやろ。さっさと元通りになれや」

まだ気持ちの整理がとか、突然すぎてどうしたらいいかわからないとか、少女染みた思考で逃げようと思ったが、ここを逃したらチャンスはない。
拳を作り、頷いてから景吾と対峙するソファに着いた。

「俺らどっかで時間潰しとくわ。鍵かけんでええから」

「うん」

「それとも二人やとまた殴り合いになるか?」

揶揄するような口調に仲直りくらいできるとつい言い返してしまった。
秀吉と蓮はくすりと笑い、それじゃあと手を振り扉を閉めた。途端に空気が重くなる。
景吾が持っていたゲーム機から発せられる軽快な音だけが虚しく響き、こんなのさっさと終わらせてしまおうと思う。
なのに言葉が出てこない。

「……悪かった」

言い出したのは景吾のほうで、弾かれたように顔を上げた。
苦笑する瞳と視線がぶつかり、ゆるゆると首を振る。
景吾はいつもそうだ。素直になれない自分の代わりに先陣切って謝ってくれる。
それに甘えていたのは自分のほうで、今回もきっと景吾から折れてくれるとどこかで思っていた。
なのにいつまで経っても連絡がないから怖かったのだ。
友人たちはみんな自分よりずっと大人で、だから楓はしょうがないと苦笑される。
こんなんじゃだめだ。
膝の上で作った拳をぎゅっと握った。

「…俺のほうが悪かったから。ごめん」

「まあ、お互い悪かったね」

後悔の滲んだ声色に、ますますこうべが垂れていく。

「……俺、木内先輩からちらっと聞いてたんだよね。ゆうきが体調崩した理由とか。でもゆうきは知られたくないだろうし、大騒ぎにならないようにしなきゃと思って…」

景吾は言葉を一旦区切り、でも失敗したと続けた。

「楓の気持ちわかるよ。でも今は何も知らないふりで、いつも通りに接してほしい」

抽象的な話しを繰り返す景吾に意味がわからないと思ったが、どんなに聞いてもそれ以上口を割らないだろうと察した。
信用しないとかそういう問題ではなく、ゆうき本人が助けを求めない限り自分たちはいつも通りでいないといけないのだ。

「……よく、わかんねえけど、そうしてほしいならそうする。無駄に気を回したりもしない」

「…うん。ごめん」

途方に暮れたような顔は景吾にはひどく不釣り合いで、元気出せと言いたくなる。
あんなに荒れ狂ってお互いむかつくと罵り合ってもやっぱり友達で、弱る姿を見れば心配になる。
大好きとむかつく、相反する気持ちが常に天秤に乗っていて、どちらかに傾いて喧嘩したり、大声で笑い合ったり、そうやって景吾たちとつきあっている。
いつも丸く円を描けるわけじゃなく、五人の中であちこち小競り合いが勃発なんてしょっちゅうで、だけど天秤が嫌いに振り切ることはない。
じんわり嫌な汗を掻きそうな空気は自分たちには不釣り合いで、無理に口角を上げた。

「ゆ、ゆうきが帰ってくる前に仲直りできてよかった!」

他人事のように言うと、景吾はそうだなと大きく笑った。

「母ちゃんからも電話来た。わざわざ楓君のご両親が謝りに来てくれたのよって怒られた」

「俺も」

お互いの母親の口調を真似すると、景吾はふはっといつものように笑い、それにとても安堵した。
能天気で楽観的なだけが景吾じゃない。
そんなのわかってるつもりだった。
つもりだっただけでなにもわかってなかった。
近すぎて見えないもの、彼はこうあるべきという固定観念、そういうものを押し付けていたことに気付く。
ゆうきと一番仲がいいのは景吾で、その彼が心配しないわけがなかった。
景吾はいつだってゆうきのために一生懸命だった。
棘のような視線や悪口からさりげなくゆうきを隠し、楽しいこと、嬉しいことで周りを飾ろうとしていた。
だから、見当違いな怒りをぶつけた自分が悪くて、巻き添えで停学にしてしまった罪は重い。
何度も謝りたいが、きっと景吾はそんなこと望んでいない。

「てかさ、木内先輩にゆうき大丈夫ですか?ってラインしたらさ」

景吾はスマホを操作し、眼前にずいと差し出した。
そこにはすやすや眠るゆうきを抱え込むようにした木内先輩がドヤ顔で映っていた。

「見てよこのドヤ顔!木内先輩俺に張り合うんだもんなあ!」

「まあ、ゆうきは景吾か木内先輩どちらを助けるって言ったら景吾だろうしな」

「まあな!」

景吾は張り合う木内先輩うざいと言いつつ、ゆうきの一番は自分という自負を持ってる。
お互い信頼しきって、二人で一つの輪になるような、どちらかが欠ければ成立しないような、そういう関係だ。
そりゃあ、木内先輩もはらはらするでしょうよと思う。
景吾とゆうきがどうにかなるとかそんな心配ではなく、常にお互いが最優先でそのずっと下に恋人を置くのが気に喰わないのだ。
幼稚な我儘でしかないが、木内先輩がそうやって駄々を捏ねるのは愉快なので、ずっとそうならいいのにと他人事だからこそ思える。
そのとき、静かに扉が開き、僅かにできた隙間から蓮が顔を出した。

「……終わった?」

「おー、終わった終わった」

蓮は大きく息を吐き、よかったと疲れた表情で言った。
秀吉と蓮がソファに着き、ペットボトルのお茶をくれた。

「もー、今回は本当に景吾と楓の仲に亀裂が入るかと…」

「すまん」

「簡単に言うなよー。僕たちがどれだけ気を揉んだか」

「あ、俺は別にそこまで心配しとらん」

「そこは心配しろよ」

「だって俺クラスちゃうし。間に挟まれるゆうきがかわいそうやなとは思った」

「そうだよ、ゆうき大変なんだから余計な心配掛けさせんなよ景吾!」

「お前やろ!」

すかさず秀吉に頭をぽこっと叩かれ、やり返すうちにもみくちゃになって息を上げた。
向かいのソファでは蓮と景吾が呑気にお菓子を頬張っている。
まるで飼い犬がころころ遊んでいるのを縁側で眺める老夫婦だ。
一旦落ち着こうと秀吉を手で制し、お茶を飲みながらああ、よかったなと思う。
ここに興味なさそうにつんとするゆうきがいれば完璧だ。
なにすかしてんだよと自分や景吾におちょくられ、氷の眼差しで一瞥して背を向ける。
それでも構い倒す自分たちにうるさい、鬱陶しいとキレ、蓮に助けを求める。
蓮はしょうがないね、楓も景吾もとゆうきを甘やかし、秀吉は微笑みながら自分たちを見つめる。
何度も何度も繰り返した五人の形が懐かしくて、誰が欠けてもだめなのだと気付く。
友情は一日にしてならず。
積み重ねた日々が自分たちにはある。
自分たちの間には裏切りなんて絶対ないと自信を持って言える幸福。
友人の形をした目に見えない糸はなにがあっても切ってはいけないと胸に刻んだ。

「ゆうきが戻ってきたらどっか遊びに行こう!」

どこかで聞いたようなセリフを言う景吾に全員で頷く。

「まずはゆうきを太らせよう。また体重落ちたよあれは」

「せやな。美味しいもの食えば元気もわくもんや」

「じゃあ神谷先輩も一緒に連れて行こう。ゆうき喜ぶから」

「それはちょっと……」

「ケチケチすんなよ!神谷先輩がゆうきにとられるくらいいいだろ!」

「全然よくない!」

「なんなら木内先輩も連れてって支払いさせようよ」

「賛成ー」

益体もない会話は三上が帰って来るまで続き、あまりにもテンションの高い四人に三上はぎょっとしたように身体を引き、鬱陶しいと言わんばかりに自室にこもった。

「秀吉の同室者は相変わらず愛想なしだね」

「あれはいつもあんなもんや」

「で、でも結構いい人なんだよ」

蓮が庇うように言い、ね?と秀吉に同意を求めたが、秀吉はいいえと首を振った。

「いい人ではない」

「もー!なんでそういうこと言うかなー!」

膨れる蓮を見ながら笑い、あまり騒ぐと三上の雷が落ちるので帰ろうかと立ち上がった。
以前は帰る場所は二つしかなかった。
蓮と自分の部屋、景吾とゆうきの部屋。
でも今はそれぞれ、別々の帰るべき場所がある。
少しの寂しさと、寂しいと思えるほどの距離感がむず痒い。
例えば誰かが海外に住んだり、他県に住んだり、歩いて行ける距離から遠く離れてしまっても、つい昨日会ったように自然と話せる、そういう関係でいたいと思った。

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