Episode3:トーチャードヒーロー




ハルウララ。
半分開けた窓から柔らかな風が教室を通り抜ける。
レースカーテンがひらりと翻り、それを見ているだけで瞼が徐々に重くなった。
女性教師が眠いと思うけどがんばってと全体に声を掛ける。どうやら船を漕いでいるのは自分一人じゃないらしい。
もう無理。眠気に抗えない。先生ごめん、あとで謝るから五分だけ……。
机に突っ伏した直後、窓の向こうで言い争う声が響いた。
野次馬根性でクラスメイトが窓に張り付き、なんだなんだと囃し立てる。

「こら、座りなさい!」

守衛二人に両脇から押さえつけられた男性は、しきりにゆうきと叫んでいた。
全員の視線がゆうきに注がれ、自分も彼を覗き込むようにすると、ゆうきは茫然と一点を見つめ続けていた。
そのうち木内先輩が慌てた様子でやって来て、ゆうきの腕を掴むとどこかへ連れて行ってしまった。
クラスメイトが言うようにゆうきの熱狂的なファンだろうか。

「静かに!座りなさい!全員教室で待機!」

女性教師がぴしゃりと怒鳴り、みんな渋々席に座った。
あちこちで真田も大変だなーなんて声が聞こえる。
ゆうきという名前は彼一人ではないが、真田ゆうきのことだと決めつけている様子で。

「……なあ、ゆうきのことだと思う?」

景吾に聞くと、うーん、と濁すように言ったきり机に視線を張り付けた。
どの教室も騒がしく、廊下の向こうから隣のクラスの声も聞こえる。
これは学校中大騒ぎだろう。

「静かに」

浅倉が教室に入るなり言い、緊急全校集会を開くからそれまで一歩も教室から出るなと指示された。
授業が中断しラッキーとはしゃぐ生徒、眠気が吹っ飛んでしまったと笑う生徒、みんな他人事で、誰もゆうきの心配はしていない。
彼は決まった人間以外と友好的に接しないし、裏でこそこそ悪口を言われることも多い。
いい気味と嘲笑う奴もいるだろう。
悔しくて奥歯を噛み締めた。
そのうち、先生に引率され、全校生徒が体育館に集められた。
学校に侵入しようとした人物は穏便に帰ってもらったこと、暫くの間守衛を増やすこと、不審者を見つけたらすぐに連絡すること、生徒の個人情報を外部に漏らさないこと、親御さんには学校側から連絡すること、安心して学校生活を送れるように対処すること。
側面を撫でるような言葉ばかりで、それが余計に不安を煽った。
ゆうきはどうなったのだろう。木内先輩の姿もない。
以前、水戸と一悶着起こしたとき、ゆうきは最期まで自分を守ろうとしてくれた。
諦めかける香坂に喰ってかかったのもゆうきだと聞いた。
だから今度は自分が彼を守らなければ。
そうでなくとも、友達なのだから困ったときは助け合うのが当前だろう。
長い教頭の話しが終わり、再び引率されながら教室に戻る。

「……なあ、俺らはどうする」

途中、景吾に言うと、彼は制服のポケットに両手を突っ込んだまま首を傾げた。

「どうするって?」

「どう動けばいいんだろう」

「なにもしなくていいんじゃない」

「は」

景吾の口から出た言葉とは思えず、思いきり彼を振り返った。
景吾なら一緒になって対策を練ろうと言ってくれると思っていたのに。ひどいショックで裏切られた気分だ。

「それより、多分週末も外出禁止になるだろうから帰りコンビニ寄ろう」

一瞬言葉を忘れ立ち止まった。

「……それよりってなんだよ…」

拳を作り、ぎゅうっと握る。
怒りで頭が沸騰しそうだ。ゆうきが大変な目に遭っているかもしれないのに、"それより"?
そんな簡単な言葉で片付けていいわけがない。

「景吾!」

後ろから肩を引き、胸倉を掴んだ。

「ゆうきだぞ!?ゆうきが大変かもしれないのにそれよりってなんだよ!ふざけんな!」

揺さぶるようにすると、景吾はつんと反らした顎でこちらを見下ろすようにした。
景吾のそんな冷たい目、見たことない。

「…やだな、なに熱くなってんの」

「手前!」

力を込めると景吾もこちらの胸倉を掴み、低い声でいい加減にしろよと唸った。

「ことを大きくしたほうがゆうきに迷惑かかるってわかんねえのかよ。俺らが慌てたらみんななんて思う?ああ、やっぱり真田のことだったんだ。真田になんかあったんだ。そうやってまた嫌な噂がたつんだよ」

ぎりっと奥歯を噛み締めたまま数秒睨み合う。
自分たちを取り囲むように人混みができ、それを割るように蓮がこちらに駆けてきた。

「なにも知らないくせに」

吐き捨てられた言葉に目の奥が熱くなった。
廊下の壁に景吾の背中を打ち付け、口を開いたがそれより前に景吾が叫んだ。

「そうやってなにも考えないで行動しようとするから楓はだめなんだよ!」

「考えてるだけじゃ意味ねえだろ!」

「少しは頭使えって言ってんだよ!すぐ熱くなんのがいいことかよ!」

肩を突き飛ばされたので景吾の胸倉を掴んで窓のほうへぶん投げた。
視界の端で香坂がこちらに手を伸ばしたのが見え、それでも構わず景吾に向かった。

「楓!なにやってんだ!」

「うるせえ!」

香坂を突き飛ばし、景吾と揉みくちゃになっていると、窓にひびが入る鈍い音がした。それでも止まらず、周りは笑いながら囃し立てる。

「なにやってんだ!」

浅倉と香坂二人掛かりで羽交い絞めにされ景吾と引き剥がされたが、互いが互いに手を伸ばした。

「いい加減にしろ!」

香坂に暴れる腕を握られ、そのまま背後で捻り上げられ、その場に崩れ落ちるようにした。

「浅倉、景吾どっかに連れてって」

「ああ。相良来い!」

浅倉は嫌だと騒ぐ景吾の腕を無理に引っ張り、ずるずる引き摺るようにした。

「なにやってんだお前は……」

頭上から聞こえた溜め息に、収まらない怒りがふつふつ沸き上がる。
俺が悪いのかよ。いや、窓にひび入れたのは悪いけど。
離された腕を摩るようにしながら立ち、香坂と向かい合った。

「俺は悪くない!景吾の馬鹿が…!」

「わかったから。あとで話し聞くから一旦落ち着け」

「うるせえ!」

今度は香坂と喧嘩に発展しそうになったところで教頭にぽんと肩を叩かれた。

「職員室、行こうか」

優しさと圧力を感じる声色に下唇を噛んだ。
説教でもなんでも構わない。今すぐ景吾に会わせろと口を開く前に香坂に掌で塞がれた。

「お前は黙ってろ。先生の言うこと聞け」

そのまま両脇をがっちり抑えつけられ連行された。職員室の奥、応接室に放り投げられ、教頭にまあ、座ってと促された。
香坂は一旦教室に戻ると言い、教頭と二人取り残され、身体中を走り回る怒りを抑えるために顔を覆った。

「お茶飲む?美味しいよ」

冷たい緑茶を差し出され一気に飲んだ。

「じゃあ、私は浅倉先生と話してくるからね。ここで少し待っててね」

狭い部屋で一人きりになると、先ほどまでの映像が何度も何度も頭の中で勝手に繰り返される。
多分、どっちも悪くないし、どっちも悪かったのだと思う。
最善や正義が食い違っただけで、それぞれゆうきを想ってた。
だけどあんな言い方はない。
すぐかっとなるのは悪い癖と自覚しているが、煽るようなことを言うからリミッターが外れる。
もー……と情けない声を出しながらソファに寝転んだ。
浅倉から両親に報告されるんだろな。母親から怒鳴られるんだろうな。
だからなんだってんだと自棄になり、全世界が敵だと不貞腐れたくなる。
そのままゴロゴロ転がっていると教頭が戻り、もう一杯飲む?と新しい緑茶をくれた。

「月島君、一週間の停学ね」

さらりと言われ、は?と目を見開いた。

「あれだけで停学?」

「あれだけ、とは言えないんじゃないかな。窓ガラス割ったし、一歩間違えたら大怪我してたかもしれないよ?」

「それは……そうだけど」

「まあ、窓ガラスはいいんだよ。直せるから。でも自分たちや周りの生徒を危険に晒した戒めとしてじっくり反省してください」

「……それだけすか?」

「それだけ?」

「もっと説教とか」

「それは浅倉先生にお願いするから」

「げ」

思い切り顔を顰めると、教頭はふんわり笑った。

「相良君も停学処分だけど、できればこの一週間で仲直りしてほしいな。君たちはとても仲がいいと浅倉先生に聞いてるよ」

「……まあ」

「熱い友情が暴走してしまうことは幼いうちはよくあることかもしれないけど、どう解決するかでその後も友情が続くかどうかが決まるからね」

「…先生もこういう経験ある?」

「大きな声では言えないけど、先生だって若い頃はそんなこともあったさ」

教頭は声を潜めて言い、そっかと頷くと満足そうにした。

「鞄はここに持ってくるから、そのまま寮に戻るんだよ。一応寮長と一緒に」

「…寮長って誰だっけ?」

「香坂君だよ」

「げ!俺一人で帰れます!真っ直ぐ逃げないで部屋に帰るから!」

「うーん、そう言われても…」

「そんなー……」

情けない声を出し、ぐにゃりと顔を歪めた。
こんこんと扉をノックする音が聞こえ、そちらを見ると香坂が鞄を持って立っていた。

「香坂君よろしくね」

「はい。帰るぞ」

「……踏んだり蹴ったり…」

ぼそりと文句を言うと、なんだって?と凄まれ、すぐに背筋を伸ばし首を左右に振った。

「寮長、停学中の生徒の見回りと確認、頼んだよ」

「はい」

鞄を押し付けるようにされ、とぼとぼと足先を見ながら香坂の後ろを歩いた。
香坂は部屋の前でぴたりと脚を止め、マスターキーで鍵を開けると首根っこを掴んで中に放り投げた。

「景吾のとこ行ってくるからお前は大人しく部屋にいろよ。いろよ!?」

「わかってるよ!」

ふんと顔を背け、ベッドの上に大の字になる。
真っ白い天井をぼんやり眺め、初めての停学だなあと馬鹿みたいに考えた。
鞄につっこんでいたスマホが振動している。
誰か確認しなくても察しはついてる。
嫌だ。出たくない。
一度止まった振動に安堵したのもつかの間、またうるさく鳴り始め、渋々電話に出た。

「…はい」

『かーえーでー!』

案の定電話の相手は母で、見られてないのにベッドの上に正座した。

「はい!すみません!わかってます!」

『……まったく。浅倉先生から電話きてびっくりしたじゃない。怪我はないのね』

「はい!ないです!」

『喧嘩相手は景吾君ですって?』

「…はい」

『そう。ならいいわ』

「え、よくねえだろ」

意外な言葉につい突っ込んでしまった。もっとがみがみ説教されると思ったから。

『勿論よくはない。景吾君に怪我させてたらと思うとぞっとする。でも一方的ないじめじゃなくて安心したわ。楓はそんなことしないってわかってるけど。景吾君のご自宅にパパと謝罪に行ってくるから、あんたも早く仲直りしなさいよ』

「……はい。ごめん…」

『……楓、あんたは短気だし、男の子は大袈裟に喧嘩することもあるでしょう。何度喧嘩してもいいけど、そのたびきちんと仲直りしなさい。有耶無耶にしちゃだめよ。悪かったと思ったら心から謝りなさい。悪くないと思ったら二人で落とし所を見つけなさい』

「…うん」

『冷静に、喧嘩じゃなくて話し合いをするのよ』

「うん」

『薫にも毎日あんたの様子を見に行くように言ってるからね!寮抜け出したりしたら迎えに行きますから!』

「わ、わかってるよ!」

『……仲直りできたら報告しなさい。それじゃあね』

通話を終わらせスマホの画面をぼんやり眺めた。
自分は悪くないと思っていたが、親に頭を下げさせる事態を引き起こしたのは素直に申し訳ないと思う。
責められると心が頑なになる。でも許容されると途端に怒りのいき場がなくなり混乱する。
膝を立て、両腕で囲むようにした。
景吾が言うように自分は馬鹿なのだろうか。途端に自信が萎んでいく。

[ 119/152 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -