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翌日からは『今何してる?』メールや、『声が聞きたかったんだ』電話等、まるで恋人同士のような連絡が途切れず弟君から発信され続けた。
できれば弟ではなく、兄からこんな連絡が来ればいいのにと落胆した。
香坂はこまめにメールや電話をよこすタイプではない。
会って話した方が早いからと言い、端末での連絡を好まない節があるが、どうやら弟君は真逆のようで、俺たち付き合ってましたっけ?と疑問を抱くような内容の連絡ばかりだ。

週末、リビングでくつろぎながらテレビを見ていると、テーブルの上の携帯が短く鳴った。
それを手に取り、内容を確認するとやはり弟君からのメールが一通。
最近は彼ばかりからのメールばかりが重なり、受信ボックスは弟君で埋め尽くされている。
内容を確認し、一つ嘆息が零れた。
それを見逃さなかったのは同室である柴田だ。
珍しく出掛けずに部屋にいる奴は、そんな自分の表情を見るとにやりと嫌な笑みを浮かべた。

「香坂先輩の弟?」

「…なんで知ってんだよ」

「木内先輩から色々聞いたから。あーあ、モテる男は大変だねえ」

柴田の発言は嫌味以外の何ものでもない。万年モテ期の柴田にだけは言われたくない。
しかも自分とは違い、ちゃんとした女性に好意を持たれている。
その手の噂は度々耳にするし、頻繁に外出しているところを見ても、女性関係で悩んでいる様子はない。
特定の彼女がいるのか、それとも一夜限りの相手かは知らないけど。
決して認めたくはないが、柴田の外見だけを見れば、女が騒ぐのも納得できる。
どこか、危険な雰囲気と謎めいた部分があり、もっと知りたい、もっと触れたいと欲してしまうのだろう。
中身はこんなに嫌味な奴で、相変わらず犬猿の仲だけど。
世の中の女性全員に言いたい。木内先輩や香坂、柴田等という男に夢中になるのはどうかしていると。
本当の幸せを願うのならば、例えば俺とか、景吾とか、一生裏切らず、大切にしてくれる相手を選ぶべきだ。
何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえないので口を噤む。

「男にモテても嬉しくねえんだよ」

何度でも声を大にして言うが、自分は可愛い女の子が大好物だ。一度でも男に抱かれたいと願ったことはない。
手中で携帯を遊ばせながら言うと、柴田はコーヒーが入ったカップを口元に持っていった。

「お前はどっちを選ぶの?」

「男は香坂一人で手一杯だわ」

「へえ。苦労が絶えねえな。ま、香坂先輩と付き合った時点で覚悟の上か…」

「誰がそんな覚悟するか。何が悲しくてこんなメールを男からもらわにゃならん」

その内容は、明日の土曜日に近くの繁華街に一緒に行こうというものだった。
まだ行ったことがないし、休日に部屋にいるのは嫌だから、と。
その内容の裏には、薫と共に同室にいるのは息苦しいというメッセージが隠れているようで、安易に断るのも躊躇われる。
うちの馬鹿な弟が迷惑をかけていると重々承知だし、弟のケツを拭くのも兄である自分の仕事だと思うのだ。
毎日のようにあの薫から嫌味と罵声を聞かせられ、喧嘩三昧の日々はかなりの疲労を感じるだろう。
自分が柴田と同じような境遇にいるからこそ尚更理解できる。
二年は個室の部屋があるからましとして、一年の部屋は一つだけで、起きてから寝るまで、学園にいる以外は共に過ごさなければならない。
その相手が薫ならば、苦労も絶えないだろうし、ストレスもたまる一方だと思う。
兄弟である自分ですらそう思うのだから、他人である弟君は余計に感じているだろう。

未だににやにやと笑みを浮かべる柴田を視界の端に映しながら、返信作業に移った。
特に予定はなかったし、香坂からの誘いもない。
薫から受けたストレスを自分で発散したいのならば、仕方がないだろう。
これが香坂の弟でなければ邪険に扱っているところだが、香坂家には大変な恩も感じている。
綾さんもそうだし、おじさんに対しても。
よくしてくれているし、香坂と交際しているという負い目もある。
それを思うと、弟君からのラブコールを適当にあしらえない。
一時の夢だと早く気付いてくれますようにとそれを願うばかりだ。
どうせ、香坂に言ったところでおもしろがって行って来いと背中を押されるだけだ。

明日の昼にロビー集合と短く打ち、携帯を閉じた。



翌日、約束の時間五分前にロビーへ足を運べば、既に弟君の姿があった。
自分を見つけるやいなや、切れ長の瞳が緩く弧を描き、胸がちくりと痛む。
彼は本気なのかもしれない。そしてそれには絶対に応えてやれない。それなのに、こんな行動は思わせぶりなのかもしれない。

「ま、待ったか…?」

「いや、別に」

相変わらず口数は多くないし、言い方もぶっきら棒ではあるが、そこに優しさが隠れていると知った。
二人で肩を並べて駅へと向かう。
上手なキャッチボールのような会話ができる話題は特になく、無言の時間が多く流れたが、重苦しい雰囲気がどうしても嫌で、あれやこれやと話しかけてしまう。
一応、今日の予定は香坂に伝えてある。
予想通り、楽しんでくればと余裕満々の答えが返ってきただけだ。

「どこに行きたいとか何したいとかねえの?」

「…別になにも。どんなもんか見たかっただけだし…」

「あ、そう…」

「…昼飯でも食べる?礼に奢るし」

「いや、年下に奢られるのは…」

勿論、香坂家の経済状況は知っている。
彼もまた、高校生にしては多すぎる金を所持しているのだろう。
しかし金銭の問題ではなく、年下に奢られるのはプライドが許さないのだ。

「何か旨い店とかねえの?」

「さあ。高校生だし質より量でファミレスとか、ファストフードとかが多いし」

「じゃあどこでもいいから」

大人しく従順に自分の隣を離れない弟君を引率するように、一番近いファミレスまで歩いた。
ファミレスなのに駅から少し離れていて、東城の生徒もよく利用している。
昼時なので、店の中は賑わっていた。
店内はデートの真っ最中の男女や女の子同士でのお喋りの場となっており、男二人というのは妙に浮いてしまうが、弟君はあまり気にした様子もなく、店内をきょろきょろと見ながら席に着いた。

「ちゃんとファミレスあるんだ」

「まあ、一応ここも東京ですから…」

「東京、ねえ…」

都会ど真ん中が住まいの彼は未だにここ近辺を気に入った様子はない。
適当な料理とドリンクバーを二つ注文すると、弟君はズボンのポケットから煙草を取り出した。

「そんな堂々と吸ってると教師に見付かんぞ」

「だって学校では吸えないじゃん」

「まあそうだけど」

「学校で吸ってる奴に比べれば可愛いもんだと思うけど」

裏口入学をした彼にしてみれば、校則など関係ないのかもしれないが、煙草を吸うのは意外だった。
そんな姿見たことがなかったし、香坂も頻繁には吸わない。
どうせ、木内先輩からいけない遊びとして教わったのだろうと容易く想像できる。
本当にこの弟君は、自分の兄よりも木内先輩にべったりなのだ。
木内先輩の名前を出しただけで瞳が輝くのを知っている。
木内信者は怖いと改めて思い知らされる。

「どっちにしろ可愛くねえよ」

呆れたように言えば、彼は肩を竦めた。

「煙草嫌い?」

「まあ。好きではないな。俺は吸わないし臭いだろ」

「…じゃあやめる」

「は?」

「煙草、やめる」

「…ああ、そう。やめれるならやめた方がいいと思うけど…」

しかしそれが自分のせいというのは頷けない。そこまで責任をとれない。
自分には彼を変える決定権などなく、変える権利を与えられた関係でもない。
彼の愛は少々重い。こちらが押し潰されてもう勘弁してほしと泣きながら訴えたくなりそうだ。
その内運ばれてきたランチを食べ、食後の緑茶を啜っていると、思い出したように弟君が口を開いた。

「…あんたさあ、兄貴のどこがいいわけ?」

唐突に問いかけられ、緑茶を吐き出しそうになる。

「っ、ど、どこって…」

「恋愛にだらしねえし。まあ、見た目はいいかもしれないけど…。遊ばれてもそれでもいいっていう程どこがいいわけ」

「えーっと」

改まって聞かれると自分でもわからない。
嫌いなところならば事細かくすらすらと言えるのに、好きなところと聞かれるとなかなか思い浮かばない。
よく、全部なんて答えるが、正にその通りだと思う。
嫌いなところも、呆れる部分も、見た目も、色々ごちゃ混ぜにして離れられないから好きなのだろうと納得している。
勿論、あの俺様ぶりには手を焼くし、いい加減にして欲しいと願うときもある。
それでも、それがあるからこそ香坂という気がするし、そんな彼を好きなのだと思う。
どれか一つでも欠けていたら香坂を好きにはならなかった。
なんて、真剣に考える自分がいて、柄にもなく赤面してしまった。

「ど、どこって言われると難しいけど…」

「あんた一筋じゃなくても許せんの?他の人と兄貴を共有して、耐えれんの?」

「いや、えっと…」

彼の瞳が真っ直ぐすぎて、返答に困る。
だから、早く弟君の誤解を解いてくれと香坂に懇願しているのに。

「顔なら俺だってもう少しすれば兄貴と同じようになるだろうし、背だってまだ伸びる。俺は兄貴と違って浮気なんてしないのに」

確かに、香坂と弟君の顔の作りは兄弟なだけあって似ていると思う。
景吾も言っていたが、あと一、二年すれば香坂のように大人っぽい容姿になるだろう。
今でも、到底高校一年生なんかには見えないのだが。
そして、彼の真っ直ぐとした白黒はっきりつける性格ならば、確かに浮気の心配もないだろうし、一見冷酷そうだが優しさも持っている。
香坂の彼女になるよりも、弟君を選んだ方が女は幸せなのかもしれない。
香坂の自由奔放さに付き合うのはかなりの我慢と心の広さが必要となる。
でも、それでも、自分は香坂でなければいけないのだ。
自分が男と付き合えているのは香坂だからであり、見た目が似ている弟君でも平気、というわけにはいかない。

「…あの、本当に悪いんだけど、多分俺、どんなに頑張ってもらっても香坂以外無理…だと思う…」

「そんなのわかんねえだろ。やってみなきゃ」

「そう、かもしれねえけど…。顔が似てるからとかじゃなくて、香坂は香坂だけだし」

「だから、兄貴にあって俺に足りねえ物ってなんだよ」

「…そういう問題じゃないと思う。お前はそのままで充分だと思う」

どう伝えればいいのだろうかと言葉を選ぶ。
どうすれば弟君の勘違いを解けるのか。
いや、この際勘違いをしたままで構わない。
ただ、自分は香坂じゃなければだめなのだと、諦めてほしいと伝えよう。
彼は恋をしているのではなく、ただ、香坂が大事にしている物を欲しがっているだけにも思える。
コンプレックスというものだろうか。
香坂も言っていたように、香坂が持つ物を彼も持ちたがる。
その延長線上にたまたま自分が位置していた。
だから早く目を覚まして欲しい。
ストレートだった弟君をうっかりこちらの世界に招待するわけにはいかない。
なんだか酷く、綾さんに申し訳ない気持ちになってしまうではないか。
早く弟君を真っ当な道に戻してやって、そしてゆくゆくは綺麗な女性と結婚をし、孫の顔でも見せてやって欲しい。
香坂の場合は、自分と別れたとしても結婚なんて枠に大人しくはまる人間ではないし、一生あんな調子だろう。
一つの希望である弟君までこちらの世界を覗いてしまったら香坂家の血が途絶えてしまう。
なんて、香坂一家の心配をするならば自分の家の心配をした方がいいと思うのだが。

「……気長に待つ」

溜め息交じりに言われ、待たなくていいと内心思う。
兄弟の間に挟まれ右往左往するのはもう沢山だ。

綾さんも、おじさんもいい人なのに、何故香坂兄弟はこうも自分を困らせる生き物なのか。
まさか自分を地獄に落とすために神様が生み出したのかもしれないと、ありえないことまで想像してしまう。

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