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「こーうーさーかーくーん」

香坂の部屋の扉をノックもなしに、勢い良く開けながら叫んだ。
こちらの気も知らないで、呑気にテレビを見ていた香坂は、こちらを振り返り眉を寄せた。

「なんだよ、普通に入って来いよ」

常に冷静で俺様な思考の持ち主の香坂で、そんなところも含めて好きだと言えるくらいの気持ちは持っているはずなのだが、今はそれにも苛々する。

「なに呑気に普通にテレビなんて見てんだよ!アホかお前!」

鞄をソファの上に放り投げ、香坂を見下ろしながら言うが、彼は何がと冷静な返答。

「てめえの弟の事だよ!」

「…京が何だよ」

「何だよじゃねえよお前――!」

「あー、とりあえず落ち着け。そして喚くな」

香坂は耳を封じるようにぱたりと手を添えながら立ち上がり、コーヒーでいいかと問う。
返事をする前にキッチンへ消えた彼の後姿を見ながら、自分もソファへ座る。
言われたように少し落ち着こう。どうしたって、香坂の顔を見ていると怒りが増長されてしまうのだが、自分も子供ではない。今年で十七になるのだ。
秀吉や三上ほどといかずとも少しは大人になる良い機会だ。
とは頭の中ではわかっていても、怒りはおさまるはずもない。
クッションをぎゅっと握りしめ、ついでに数発殴っておく。

「ほらよ」

ミルクと砂糖がたっぷり入った、温かいそれを一口飲んだ。
隣に座った彼も同じようにカップを口へ運んでいる。
同じ物を飲み、同じ所作をしているというのに、この差はなんだろう。
育ちの差なのだろうか。
自分はどう足掻いてもごくごく平凡な家庭で育ち、対する香坂は世間から見れば立派なお坊ちゃまだ。
意味もなく、またそこに苛立ちは募る。

「で、京がどうした?」

「だから、お前の弟の目覚ませよ!」

「…京にあの後何て言われた?」

あの後とは、弟君が香坂に向かって奪う発言をしたときを指しているのだろう。

「部屋に帰って彼女と別れるって言われたよ。兄貴よりも俺の方が大事にしてやれるってよ!それから教室まで来られた!」

「へえ、俺に勝てると思ってんだ。あいつは」

「お前がちゃんと説明しねえからこんなことになんだぞ!何がちゃんとフォローするだよ!全然フォローになってねえし、逆に煽ってんじゃん!」

「いや、兄弟って好みまで似るんだなーと思ってな。今の京の彼女も元は俺の遊び相手だった女だ。女の好みは似るのわかってたけど、男の好みまで似るもんだな」

浅く笑う香坂に、笑いごとではないと耳元で怒鳴った。

「そう怒鳴るなよ」

「お前のせいで俺は香坂兄までならず、弟からも求愛ですよ!俺が何言ってもきっと弟君は憐れみの目で見るだけだろうし、お前ががつんと言う他ねえんだよ!何で男に告白なんてされなきゃなんねえんだよ!そんなのお前一人で充分だっつーの!」

そういえば、香坂から告白をされたときも、随分強引だった。
今の弟君と手口は然程変わらない。
兄からいけないところばかりを習って生きてきたのだと想像がつく。
例えば口説き方も兄の真似をするなんて。こんな香坂の真似などせずともいいのに。
俺様は一人で充分だ。

「そうだな、お前をいいように遣っていいのは俺一人で充分だ」

こういう発言を真面目にするから香坂は恐い。

「じゃあ早く弟君の誤解解けよ!」

「あいつが俺のモノを欲しがるのは今に始まったことじゃない」

「へえー、そんな余裕ぶっこいて俺が本当に弟君にとられたらどうすんの?弟君の彼女だって、結果弟君に乗り換えたんだろ?」

にやりと笑みを作り、香坂を揶揄しようと言えば、彼は顔色を変えた。

「お前、俺から京に乗り換えるなんて許されると思うなよ」

「…は?」

「そうか、お前はそんなに京の方がいいのか」

「いえ、誰もそんなことは言ってませんけど…」

「そうかそうか。じゃあ今から俺の愛情がどんだけのものかたっぷり教えてやるよ」

にっこりと微笑んだ香坂の顔は端整で見惚れる程だ。
女ならばころりと射殺されているだろう。しかし自分はそれが酷く怖ろしく思えた。

香坂は俺の腕を引くと、寝室の扉を開け、ベットの上へ放り投げた。
自分のネクタイをゆるめながら俺の上へ圧し掛かり、唇を奪われる。
前言撤回。そう言えればよかったのに、唇を塞がれてそれは叶わない。
こんなことなら香坂をからかおうなんて思わなかったのに。後悔先に立たず。

「すいませんでした許して!そんなこと思ってません!」

「もう遅い」

香坂は俺のネクタイを乱暴に緩め、ボタンを外し、できた隙間から手を忍ばせた。




約二時間後、自分はベットの上で腹這いになりぐったりとしていた。
若さって怖いとしみじみ思う。
もう、何度達したのか覚えていないし、何度香坂を喰らったのかもわからない。
途中から意識は遠のき、香坂から与えられる愛撫と快感の海で溺れていた。
俺の馬鹿。本当に馬鹿。
叱咤するが、香坂のテクニックの前で、場数の少ない自分が対抗する余地など微塵も残っていない。

「どうだ、思い知ったか?」

香坂はベットに腰を掛け、ズボンだけを纏い、しっとりと汗ばんだ髪を払った。

「…はい、嫌と言うほど…」

「言っとくけどな、絶対俺の方が巧いぞ」

「…は?」

「お前の身体は俺なしじゃもう生きていけねえだろ?ましてや女なんかじゃ満足しねえくらいにな」

香坂の俺様発言には慣れてきた方だと思う。しかし、毎回あんぐりと口を開き、ぽかんとアホ面を晒してしまう。
男としての人生を返せ。俺だって可愛い女の子を抱いて幸せを感じたいという希望を捨て去ったわけではない。

「京なんかで満足すると思ってんのか?わかったら京に乗り換えるなんて二度と言うなよ」

「じゃあ早く誤解を解いておくんなましよ…」

精気を全て奪い取られ、怒鳴る気力もなく、ぼそぼそとささやかな抵抗を試みる。

「…あれはあれでおもしれえだろ。あいつがどこまでお前に懐柔すんのかさ」

「弟で遊ぶなんて趣味悪いにも程がある…」

「安心しろ、仁もおもしろがってる」

「余計たち悪いわお前ら!」

「ま、京は昔から俺のモノを欲しがった。お前を欲しがるのも恋愛感情なんてもんじゃない。ただ、俺への当て付けだ」

「それに付き合わされる俺…?」

「大丈夫だ。京が暴走しそうになったらちゃんと止めてやる。それまでは我慢しろ」

仮にも恋人に対してこの言い草はどうだろう。
恋人が自分の弟に迫られているというのに、この余裕は苛立つ。
香坂は本気で俺が香坂意外は好きにならないと確信しているのだ。
その余裕を崩してやりたいと何度思ったか。
もしかしたら本当に、自分が彼女とか見つけて香坂なんてもういらないとあっさりと捨てる日が来るかもしれないのに、この男は自信満々にそれは絶対にありえないと言う。
その自信がどこから湧いてくるのかは知らないが、一度でいいから目に物を見せてやりたい。
ちょっとした反抗心が疼くが、どうせ実行できる程の度胸は備わっていない。
結局それの繰り返しかと思うと、心の底から溜め息が零れた。

「なんだよ、マジで止めてやるって」

「…はいはい、期待してますよ。それまではお前と木内先輩の玩具ですよ、どうせ俺なんて…」

「拗ねんなよ。あんまり京が調子乗ったことしたらぶん殴るから。大丈夫」

言葉と共に、頬に柔らかな唇の感触。
香坂に溺れるのは実に簡単だ。ロメオのように甘い囁き一つで、何もかも委ねていいと思えるのだから。
だからいつだって玩具にされるのだ。
わかってはいるが、抜けられない。

「好きだぜ、楓」

耳元で名前を呼ばれ、酔う程の口説き文句。
かっと一瞬で熱が耳に集まった。

好きだと言われるのは久方ぶりの気がする。
強い独占欲を持っているくせに、そんなところは子供じみているのに、今回の件をおもしろがって傍観しているのは、相手が自分の弟だからという安心感があるからだ。
玩具にされているのは自分だけでなく、弟君も巻き添えだ。
本当に、こんな男の弟に生まれてきた彼の運命を憐れむ。
そして、こいつの手中に堕ちてしまった自分自身も。

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