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翌日は金曜日ということもあり、週末の予定を立てるクラスメイトの中でも、一等暗い雰囲気を隠さず纏っていた。
景吾にどうしたのかと問われたが、こいつに話しても仕方がないので、何もないと返すだけで精一杯だ。
HRを終え、さあ寮にでも帰ろうかと思うと一瞬にして恐ろしくなった。
今日こそ弟君が乗り込んでくるかもしれない。できるなら部屋へ帰りたくない。
しかし逃げても無駄だし、いつかは解決しなくてはならない問題だ。
男なのだから、ここは潔く受けて立とうではないか。自分を鼓舞するが、次の瞬間にはやっぱりダメだと決意が揺らぐ。
机上に頬をべったりとつけ、窓の向こうを向いていると、廊下から懐かしい声を聞いた。

「景吾ー」

「あ、秀吉だー」

机上に座っていた景吾は軽い身のこなしでひらりと地上へ舞い降り、秀吉のもとへ一目散に駆け出した。

「貸してって言ってた雑誌持ってきたで」

「サンキュー」

そんな二人の会話を耳にしながら、はっと気付き勢いよく顔を上げた。

「秀吉!」

そうだ、秀吉がいたのだ。相談相手には打って付けの相手がいたではないか。
この秀才で人の機微にも敏感な秀吉ならば、きっと硝子のように繊細な心情も汲み取ってくれるに違いない。そう確信し、彼の制服をぎゅっと握った。

「なんやねん…」

「秀吉!今日暇!?」

「…予定はないけど…」

「ちょっと話したいことがあんだけど!」

「なんやねん…」

鬼気迫った様子に秀吉はたじろんだが、それは無視をして秀吉の部屋へ行くから相談に乗ってくれと頼み込んだ。

「楓今日ずっと変なんだよ。秀吉話聞いてあげて」

「…なんや面倒くさい気がする」

「そうと決まればすぐ帰ろう!今すぐ帰ろう!」

一度自分の鞄を手にするために教室内に戻り、秀吉の制服を引っ張り歩き出した。
遠くで景吾がまたねと大きく手を振っている。それに応え、ちょっと待てと制止する秀吉の声には耳を傾けずに、只管昇降口を目指した。
後ろから盛大な溜め息が零れたのを聞いたが、それもシカトの方向だ。もう、他人の用事など構っていられない。こちとら一世一代の瀬戸際に立たされているのだから。

秀吉の部屋の前まで着くと、秀吉は兎に角落ち着いて話せよと念を押した。
鍵は開いているようで、扉を開ければリビングに三上の姿。

「ただいまー」

秀吉が言えば、三上もこちらへ首だけ振り返り軽く手を上げそれに応える。

「楓、俺の部屋行っとけ。飲み物用意しとく」

「お、おう」

三上に何か挨拶でもした方がいいかと思ったが、人を寄せ付けないその雰囲気が苦手で、お邪魔しますと小さく呟いて秀吉の部屋へと逃げた。
ベットの上へ腰を下ろし、鞄を適当に投げ、今日何度目になるのかもわからない溜め息を零す。
暫くすると、温かい珈琲を手にした秀吉がやって来て、ミルクと砂糖がたっぷり入ったそれを手渡してくれた。

「ほんで?今度は何に悩み中なん?」

ラグの上に胡坐を掻いた秀吉は、カップに口をつけながら問う。

「実はですね…」

斯く斯く云々と、悩みの根源を話せば、秀吉は納得した様子で首を縦に振った。

「香坂先輩の弟なー。一回見たことあるけど、やんちゃ盛りっぽい感じやったしなー」

「そうなんだよ。木内先輩を崇拝している部類のあれなんだよ」

「そりゃまた難儀やな…」

「だろ?お前だけだ、俺の気持ちをわかってくれるのは」

やっとまともな相談相手を見つけられたことで、心が多少落ち着いた。
きっとこの優秀なへたれならば最適な答えを出してくれると信じているからだ。

「…せやけど、まあ、しゃーないんやない?」

「は?」

「最初からわかってたことやしなあ」

「お前も同じこと言うのか!無駄にいい頭遣って何か考えろよ遣えねえな!」

「遣えないて…」

項垂れた秀吉は、それでもうーんと唸りながら何か答えを模索しているように見える。
どんな答えが返ってくるのかと、半ば期待を込めた眼差しで彼を見詰めた。

「まあ、あれやな…。なるようにしかならんっちゅーか…」

期待をして損をした。こんなときにその知能を遣わずして、いつ遣うというのだ。何の役にも立たないのならば、その脳味噌ごと捨ててしまえと暴言を吐きたい衝動に駆られる。それ程に切羽詰っている。

「弟君がどんな反応するかわからんし…。弟君を知っとるわけやないから何とも言えんけど、そんなにびくびくせんでええんとちゃう?別に殺されるわけやないし」

「殺されるかもしんねえじゃん!兄貴をホモにしやがってって!」

「そんなアホちゃうやろ」

「いや、あいつはアホだ。弟君なら俺の方がまともと言える!」

「…楓よりアホなん?」

「うるせえ秀吉のくせに!」

終始八つ当たりの道具として秀吉を罵り、嫌味を言いの連発だった。
それでも秀吉は怒るどころかはいはいと聞き流してくれて、だから皆に八つ当たりの道具にされるのにと思いながらも、自分もそれに参加しているわけだが。

結局秀吉は、時間が解決してくれる問題が世の中にはあり、今回はその部類に入るものだと結論を出し、これといったアドバイスはくれなかった。
秀吉ならばなんとかしてくれると思ったが甘かった。こんな問題、同じ窮地に立った人間にしか理解できまい。

珈琲ご馳走様と言い、部屋を後にした。とぼとぼと自室へ向かい、寝室に入るとベットの上に大の字になった。

週末は柴田は部屋へは帰って来ない。本来ならば、両手を挙げて喜んで、貴重な一人の時間を満喫したいが、生憎そんな気分にはなれない。
弟君が東城へ入学すると決めたときから怖れていた事態に直面しているのだから当然だ。
心労はいつだって絶えない。香坂家全員に振り回されているような気もするが、自分の意思で香坂を選んだ分、この憤りを何処へぶつけていいのかもわからない。

秀吉が言うように時間が解決してくれるのならば、じっと待てる。しかし、そうではなかったら?
今まで作り上げてきたもの全てが壊れてしまったらどうしようかと、そればかりが頭の中を巡る。
例えば綾さんとの関係だとか、例えば香坂との付き合い方だとか。

自分が悩んでも取り越し苦労かもしれないとわかっている。香坂本人があんな調子でいるのだから。
だからといって、どうにかなるさと時間に身を任せられるほど、精神は図太くできていない。

暫くはこの問題で頭を抱える日々が続きそうだと思っただけで零れる溜め息の数は知れず。
枕を胸に抱き、携帯を手にとった。香坂に電話をかけようか。この胸の中のもやもやを解決してもらいたい。
しかし、昨日の電話のようにあっさりと冷たくあしらわれるだけだと予想し、それを再びポケットの中にしまった。

こんな時は熱いお湯につかって、疲れを癒してシャワーと共に苦難も流れてくれるのを祈ることにしよう。
制服を脱ぎ、パジャマ代わりのスウェットを手に取った。
しんと静まり返るリビングを抜け、バスルームの扉を開けたとき、こんこんと扉をノックする音が聞こえたような気がして、立ち止まった。
そちらへ近づき、真意を確かめようとしたとき、再びあちら側からノックする音が聞こえる。
薫か、もしかしたら秀吉かもしれない。スウェットを抱えたまま、はいはいと軽く返事をし、扉を開けた。
まさか、そこに悩みの種である彼がいるとも思わずに。

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