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月島楓、無事に二年へと進級いたしました。

クラス割りを見た瞬間のあの落胆具合はうまく表現が出来ない。あわよくば今年も五人一緒で…。なんて考えていたのだが、見事に秀吉と蓮は進学クラスへと進み、そして残ったのは馬鹿三人だ。

蓮がいないことへの落胆は半端ではなく、また浅倉が担任ということもあり、机に肘を着いてその上に額を乗せ、視線を下へと向けていると景吾のこの一言だ。

「俺らと同じになったんだし、三人一緒なんてむしろラッキーじゃん!」

何事もプラス思考に考える景吾らしい。
俺らじゃ不満なのかよと、少し口を尖らせた仕草は景吾らしくて安心したが、内心不満だ。
蓮は心のオアシスだったのに。
部屋も分かれた挙句にクラスまで離れるなんて、香坂が手を回したとしか考えられない。その上、景吾とゆうきは一緒のクラス、部屋は隣同士。こんな待遇の違いあるだろうか。
さすが理事長の息子は違いますねと、嫌味を言えばゆうきは無表情で、じゃあ木内先輩と付き合えば、などと恐ろしいことを言ったのだ。
それは絶対に勘弁しますと返せば、ゆうきはにやりと微笑んだ。
遣える権力はは余すことなく全て遣う、そんな香坂式の持論をゆうきも持ってしまったのだと理解した瞬間だった。

やっと通常授業にも慣れてきた頃、授業を終え寮へ戻ると柴田の姿が既にあった。
自分より先に帰っているのはとても貴重なことで、一瞬瞠目した後、ファイティングポーズをとった。
柴田と会ったら必ずこれをするのが最早お決まりとなってしまった。
柴田は傾けたペットボトルを下に下ろすと、こちらを見て笑みを作った。
悪人面は笑みを作っても変わることはない。

「お早いお帰りで、月島君」

「それはお前だろ」

「俺今日学校行ってねえもん」

「サボりか!進級早々サボりかこの野郎!」

別に、柴田がサボろうが真面目に登校しようが、どちらでもいいのだが。
文句を言える要素があるのならばそれを生かしたい。それだけだ。

「俺がサボってお前に迷惑かかるか?」

「かかんねえよ!むしろ学校サボんなら部屋にも帰ってくんな!」

「俺の部屋だ」

「俺のだ」

「俺の。香坂先輩の頼みだからわざわざお前と同じ部屋になってやってるっつーのに」

「こっちのセリフだボケ!」

こんな口論はいつものことだ。日常茶飯事すぎて、それにも慣れつつある。
柴田の見下したような表情は、未だに苛立ちを増殖させるに値するけど。

柴田は俺を軽くあしらうように、片手に持ったミネラルウォーターを左右に振り、あろうことかソファに傲慢な態度で座った。

「個人部屋行けっつーの!」

「なんで。俺見たいテレビあんだよ。お前が行け」

「俺だって見たいテレビあんだよ!」

残念ながら、個室にまで家電を設備してくれるという豪奢な作りにはなっていない。
一部屋に一台のテレビのチャンネル争いはいつものことだ。

「ドラマの再放送だろ?」

「な、何故わかった…!?」

「お前いつも見てんじゃん。丁度よかった、俺もそれ見たいんだ」

わざとらしく、隣に座れば?と誘う柴田の誘いを一蹴した。
柴田と仲良く隣同士に並んでテレビなど見れるか。
そんなことするくらいならば、死んだ方がましだ。
しかし、ドラマの再放送はどうしても見たい。丁度いいところで、これからが山場なのだ。
悩んだ末、結局鞄と制服のブレザーを寝室に投げ、リビングのラグの上に腰を下ろした。

何故柴田と同じ番組をこんな風に仲良しこよしで見なければいけないのだ。
苛々は止まらないが、悪いのは自分でもなく柴田でもなく、香坂だ。
この男と同室にしたあいつが全て悪い。全ての元凶を作り出した張本人は、愛おしい恋人である。
恨みたくても恨みきれないもどかしさが、そこには存在している。

「この女優綺麗だよな」

「趣味悪い。俺はこっちのがいい」

「お前の方が趣味悪い」

ドラマにも集中できずに、柴田との舌戦は続く。
一時間のそれを見終わる頃には、ドラマの内容よりも柴田との口論に熱くなっていた。
すると、扉をノックする音が聞こえた。
どちらが対応するか、ジャンケンで柴田と決めたところ自分が負けてしまった。
どうせ、この部屋を訪れるのは景吾か香坂くらいなものだろうと、乱れる制服のまま扉を開けた。
すると、そこには意外な人物。

「…弟君…?」

香坂であることには変わりないが、涼ではなく、京が立っていたのだ。

「…おう」

「どうした?何か用か?」

この部屋を訪ねるとは、何かとんでもない用事でもあるのではないかと思った。
例えば香坂絡みの。

「…別に、兄貴の部屋番号聞くの忘れてて。あんたがここだって前言ってたから」

「ああ。なるほど。ってか普通にメールとかで聞けばいいんじゃ」

「兄貴とメールなんてするわけねえだろ!」

いや、知りませんけどそこら辺は。
扉の前で立ち話をしていると、柴田が俺の肩に腕を置き、弟君を覗き込んだ。
勿論その腕は振り払ったが。

「なに、香坂先輩の弟?」

「ああ、香坂の弟」

「へえ、やっぱ似てるな」

柴田は軽く自己紹介をすると、弟君を見てニヒルに微笑んだ。
弟君は曖昧に柴田を下から見上げている。
何者かと、警戒心をむき出しにしながら。

「弟君、悪いことは言わないからこいつには気をつけろよ?いつ右ストレートが来るかわかったもんじゃねえぞ?」

「アホ、香坂先輩の弟に手出すわけねえだろ」

見るからに悪そうな柴田に弟君もたじたじだ。
見た目は勿論、雰囲気も他とは逸したものを柴田は持っている。
三上と並ぶと本当に怖い。特に三上が怖い。なにを考えているかまったく読めないし、表情がいつも真っ白だ。
浮世離れしていて、本当に人間なのだろうかと疑問を抱いている。
本人には絶対に言えないが。

「折角来たなら部屋入るか…?」

「丁度俺も出るし、ゆっくりしてけよ、弟君」

柴田は擦れ違いざまに弟君の肩をぽんと叩くと、そのまま鍵を持って部屋を出て行った。
二人残され、とりあえず弟君をリビングに通すことにした。

「二年の部屋って初めて来たけど、一年と全然違うんだな」

「ああ、個人部屋もちゃんとあるし、二年になった途端に待遇がよくなんだよ、この学園」

冷蔵庫の中から適当な飲み物を弟君に投げながら言った。薫がお世話になっている分、あまりぞんざいには扱えない。
どうせ今だって、薫の攻撃から逃げようとここに飛び込んだのだろう。
あえて怒りのスイッチを押すつもりはないが、大方は予想できる。
弟君と二人きりになり、気まずくないかと問われれば答えは決まっているが、助けを求められれば仕方がない。
なんと言ってもあの薫と毎日共にいるのだ。俺が感じるストレスの倍を強いられていることだろう。

「お、弟君、学園には慣れたかい?」

ラグに座り、ぎこちない笑みを作った。
別に普通。と、なんとも可愛げのない返答に、作られた笑みの口角が上がった。

「そうかそうか…。いやー、大変だろ?東城は外部入学が少ないし」

「その外部入学者の中にお前の弟もいるしな」

「すいません、本当にすいません。うちの愚弟が…」

「毎日毎日、いい加減喧嘩すんのも飽きた」

「でしょうね…。わかります。よくわかります。俺でよければ薫の代わりに罵ってやって下さい…」

「…別に、あんたはあんたで、あいつはあいつだし、関係ねえよ」

弟君は、以前と同じように大人な模範解答をするが、眉間の皺が消えることはない。

「……さっきの」

「…さっき?…ああ、柴田?」

「あれ、誰」

「俺と同室の奴。恐いお兄ちゃんだからあんま近づかない方がいいぞ?」

「…仁兄からちらっとその名前聞いたことがある」

「まあ、仲いいしな。遊びに行ったりしてるし」

「ふーん」

ソファの肘掛に腕をつき、頬杖をする弟君は何か神妙な顔つきだ。

「仁兄と仲いいならいい人じゃん」

そしてぽつりとこんなことを言ったのだ。ああ、恐ろしい。

「いや、マジで近づかない方がいい!マジで!」

木内先輩と仲良しな人は皆いい人なのだろうか。むしろ悪い人の方が多いと思うのだが。
ここにもいたか。木内信者が。木内先輩が男に慕われる加減といったら、凄まじいものがある。
確かに、男が惚れる男だと思うが、そんな仁兄はゆうきという男と絶賛お付き合い中だというのを、弟君は受け入れているのだろうか。

「仁兄がつきあってるのってあんたの友達なんだろ?」

「まあ…」

「一年の間でもその人の話し聞く。滅茶苦茶綺麗な人だって」

「ああ、綺麗は綺麗だけど…。男だけどな」

「でも、美人だった。俺一回だけ見た。あんたと一緒にいるところ。黒髪の人だろ?」

「そうそう。まあ、木内先輩といいお付き合いをしてるし、それはそれでいいと…」

「仁兄がそれでいいなら別に俺はなにも言わない」

その調子で自分と香坂の仲も認めて欲しいものだが、相手があの香坂には吊り合わない俺とくれば、また話しは別だろうし、他人だからこそそれでもいいと言えるのだ。
それが、実の兄だったらどうだろう。軽く寝込んでも無理はない。
しかし、ゆうきの噂が回っているということは、香坂と自分の関係の噂があってもおかしくはない。
なんと言っても香坂は目立つ。
知られるのは時間の問題だとわかっているが、どうにかしたい。
噂を揉み消すことなど、ちんけな存在の自分には到底できないことだけど。
弟君の顔を見る度に、どきりと胸が痛む。
もしかしたら、終に知られてしまったのだろうかと。
香坂も上手にフォローをしてくれればいいのだが、きっとあの男はしないだろうし、自分も知られれば弟君に合わせる顔がない。

すると、再び扉がノックされ、こちらが応対する隙もないままに、薫がひょっこりと顔を出した。
やばい。
心は思うが、この状況をひっくり返すことなどできない。

「楓ちゃーん…って、何で君がいるの…?」

満面な笑みは、弟君を見つけるや否や鬼の笑みへと変わった。

「別に、俺がどこにいてもお前には関係ねえだろ」

「まあ、関係はないけど。僕が来たんだし君は帰ってよ」

「は?何でお前に指図されなきゃなんねえんだよ」

「空気読めよ」

「はいはい君達僕の部屋で喧嘩しなーい」

二人の間に割って入った。
自分はどうせこんな役目だ。これしか脳がない人間だ。
それにしてもこの不仲には手を焼く。
こんな調子ならば、部屋の中はぎすぎすと錆びついた鉄のような空気に違いない。
柴田と自分とは少し違う、本気の憎しみが篭っていそうで怖い。

結局、それから小一時間程二人は部屋で騒ぎ、兄貴の部屋へ行くと弟君が部屋を去り、それと共に一難も去ったのだ。

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