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「飯、できたけど木内先輩も食ってきますよね」
「勿論。お手並み拝見するわ」
料理が好きだからといって上手いとは限らない。木内先輩のようなお坊ちゃまのお口に合うかどうかはわからないが、必要以上に作ってしまったし、食事は大人数で食べた方が美味しいものだ。
焼き魚もいい具合に焼けたし、いかにも日本の平凡な夕食メニューをダイニングテーブルに並べた。
五人分の味噌汁やご飯を用意し、勉強をきりあげるように言って全員で食卓を囲んだ。
いただきますと両手を合わせ、箸を持つ。
自分で作ったものだから特別美味しいとは感じないが、木内先輩から意外に上手いとお褒めの言葉を頂いた。意外には余計だと思いながらも。
「楓ちゃんの料理の方が母さんのより美味しい!」
「薫、それ母さんには言うなよ…」
「言わないよ。どんな仕返しされるかわかんないし」
弟君は黙々と料理に手を伸ばし、不味いとも美味いとも言ってくれないが、箸をとめないところを見れば普通に食べられるレベルのようだ。
夕食を終えれば食器洗いに精を出した。
誰も手伝う気配はなく四人で談笑している。
これから東城へ入学する薫は、東城がどんな学園なのかと、香坂と木内先輩に聞いては頷いている。
どうやら、木内先輩のこともお気に召したようだ。
薫は昔から年上に可愛がられる傾向があるし、木内先輩も、臆することなく話す薫を気に入った様子だ。本当に、薫は世渡り上手な性格だ。その分、同級生や下級生には苦手とされているらしいけど。
これといって、仲の良い友人がいるといった話は聞いたことがない。まさかいじめになどあってはいないだろうが、そんな風で将来大丈夫なのか兄としてはいつも気がかりだ。
「薫どうせだから今日泊まれよ」
「いいんですか?」
「ああ、部屋は余ってるし、綾も帰らないみたいだし」
綾さんからメールが入っていたのだろう。香坂は携帯を閉じながら薫に言った。
「は?お前泊まんの?勘弁してくれよ…」
「別に、君と一緒に眠るわけじゃないんだからいいだろ?」
「よくねえよ。お前がこの家にいるってだけで不愉快なのに」
「それはこちらのセリフ。君と一緒にいるのは非常に不愉快だよ」
「じゃあ帰れよ!」
「嫌だ。君が何処か行きなよ」
「俺の家だ!」
もう、本当に、お前ら二人揃って何処かへ行ってしまえ。喧嘩ばかりして。
もしかしたら同じ高校に入学するかもしれないのに。ああ、先が思いやられる。
「んじゃ、俺はそろそろ帰るわ」
「おー、親父さんに礼言っといてくれよ。綾がその内家行くだろうけど」
「ああ、わかってる。じゃあな、楓。飯美味かったぜ」
「それはどうも…」
木内先輩は満面の笑みで言ったのだが、その笑みが悪魔にしか見えない。悪人面は生まれつきなのだろうか。
「じゃあ薫と京は引き続き勉強だな。ってか、薫さ、京の勉強見てくれよ」
「…香坂さんが言うなら引き受けるけど…」
「なんでこんな奴に教えてもらわなきゃいけねえんだよ」
「彼がこんな調子なんで」
「京、お前はマジで頭悪いんだからちゃんと教えてもらえ。俺は楓と遊ぶ」
「楓ちゃんと香坂さんの時間を邪魔しちゃいけないもんね」
薫は何かを悟った様子でにやりと笑みを作った。
「リビングお借りしていいですか?香坂さんは二階でどうぞ楽しんできてください」
「ほんと、お前は物分りが良くて助かる。ってわけで楓行くぞ」
「え!おい、マジで俺こいつと二人かよ!」
「京、俺の言うこと聞けるよな?」
じろりと香坂が睨めば弟君の威勢は消え、口を噤んだ。
「楓行くぞ」
「…行きたくねえ…」
「なんだ?」
「いえ、なんでも…」
まさか、階下に弟たちがいるのに変なことはしないだろうと願いたいが、香坂のスイッチはどこで入るかわからない。それに一々つきあっていたら身体がもたない。
香坂に続いて部屋へ入ると、早急に腕をとられ引き寄せられた。
「な、なんだよ!何もしねえぞ!」
「今日は綾がいないんだぞ?」
「弟がいんだろ!」
「気付かれねえよ」
「やだ!絶対にやだ!」
じたばたと両腕を動かしてみるもびくりともせずに、圧倒的な力で抑え込まれてしまった。
口付けをされ、それが次第に深くなっていく。
香坂の顔が離れた頃には頬が紅潮しているのがわかる。
「…エプロン姿、なかなかそそるよな」
「あ…つけたままだった…」
綾さんが所有しているエプロンのうちの一つを拝借したのだ。別に、ひらひらとフリルがついているわけではない、ただのベージュのシンプルなエプロンだが、香坂にとってはいいオカズになってしまったようだ。
「さっきから早く喰いたくて」
「喰わなくていいですから!」
「エプロンプレイも楽しそうじゃん。裸エプロンみたいな?」
「変態!」
「男のロマンと言え」
言うが早いか、香坂は器用にエプロンを外さないまま洋服だけを脱がしにかかった。
「ちょ、待てよ!聞こえたらやばいって…」
「薫は俺らの関係知ってんだし、上手く誤魔化してくれるだろ」
「だ、だからって…」
とてつもない背徳感が押し寄せる。神様ごめんなさいと心の中で謝った。
けれども香坂に抗えない。口付けをされれば、自分も男だし理性が欲望に食われてしまう。
ベットまで横抱きにされ、スプリングのきいたそこへ乱暴に下ろされた。
上に圧し掛かる香坂に抗議をしようと口を開いたが、再びそれを唇で覆われ言葉を呑み込んだ。
「こう、さか…」
「いいから黙ってろ」
香坂は宣言通り、裸にエプロンをつけたままの姿を見て満足そうに微笑んだ。
「やっぱエロいよな、裸エプロン」
「エロくねえし、こんな変態みたいなことやだ…」
「たまにはこんなプレイもいいだろ?」
エプロンの隙間から手を忍ばせて胸の飾りをやんわりと摘み上げ、愉快だと言わんばかりに俺の顔を覗き込んだ。
それに一々反応してしまうのが恥ずかしくて顔を背ける。
何度も何度も香坂とは身体を重ねてきた。それはもう数え切れないほど。
それなのに香坂の指と舌に飽きることなく、初めての夜のように素直に反応してしまう。
布の上から突起をざらりと舐められ、いつもと違った感覚に身体を捩った。
直接的な快感が欲しくて、身体が足りないと強請る。
けれども、香坂はエプロンを脱ぐのを許さずそのまま弄ぶ。
「染みついちゃうかもな」
既に屹立したそれをエプロンの上から円を描くように先端をなぞられ甘い声が漏れる。
「綾、さんのなのに…」
「関係ねえよ」
首元に顔を埋め、ゆっくりと首筋を舐められる。耳を擽るようにされれば、もう拒否することなどできなくて。
器用な指と舌に、香坂の命令には絶対服従を誓う娼婦が出来上がる。
今日もこうして、香坂に懐柔され、あられもない痴態を晒す羽目になる。
嫌なのに。情けないと思うし、恥ずかしいし、勘弁してくれと懇願したいのに。
けれども身体は正直で、もっと欲しい、香坂自身が欲しいと強請るのだ。
大いに喘いで、全身で俺を感じろと香坂が言うのと同じようにして、快感の渦に巻き込まれていった。
「ダル……めっちゃダルい…」
ベットにうつ伏せになり枕に顔を埋めながら言った。エプロンは予想通り、お互いの精液まみれになり、ベットの下に無造作に置かれたままだ。
綾さんに怪しまれないように、エプロンを捨てる言い訳を考えなければいけない。
「いつもより感じてたじゃん。変態」
「お前に言われたくない!」
これもコスプレのうちに入るのだろうか。
セックスは楽しんでするものだと香坂は言うが、コスプレだなんて本当に自分たちが変態のような気がする。
「たまにはこういうのもいいだろ?」
「よくない」
「ほんと、お前素直じゃねえよな。もっとーとか言ってたのはどこのどいつだっけ」
「あーあー!言うな!何も言うな!」
まだ余裕たっぷりの香坂は、ベットに座りサイドテーブルから煙草を取り出した。
「…煙草…」
「あ?ああ、匂いが嫌か」
そういうわけではなくて、ただ、珍しいなと思っただけなのだが、香坂は窓を全開にあけると窓枠に寄りかかって紫煙を上げた。
香坂はたまに、こうして情事の後に煙草を吸いたがる。その気持ちはよくわからない。
酒は飲めても、煙草は吸えない。勿論未成年なのだから吸えなくて当然だけれども。
「香坂さーん」
扉の向こう側で薫の声が響き、大童でベットにもぐりこんだ。
「入れ」
その場から動かずに返事をした香坂に従い、薫が部屋の中へ入ってきた。
「…楓ちゃんは?」
「そこ」
「…ああ、お楽しみが終わったんだ」
我が弟ながら、寛大すぎて逆に困ってしまう。
情事の後の気だるさを纏った姿や雰囲気を親族に見られるのは何よりもショックなことだ。
そんなこと気にした様子もなく薫は香坂へ歩みを寄せた。
「勉強一応終わったんで」
「そうか、苦労しただろ?あいつに教えるの」
「小学生の家庭教師をした気分」
「だろうな。お前の勉強の邪魔して悪かったな」
「いえ、僕は受かるから別にいいんです」
その自信は何処から生まれてくるのだろうか。我が弟ながら呆れてしまう。
「香坂さん、一本頂戴」
「どうぞ」
「薫!」
薫の言葉に驚き、布団から勢い良く起き上がった。
「お前、おまえ…煙草なんていけません!」
「…なんで?」
「背伸びねえし、未成年がそんな…薫をそんな子に育てた覚えはありません!」
「楓ちゃんに育てられた覚えもありません」
「お兄ちゃんは悲しいぞ!」
「…そんなさ、キスマーク全身につけた姿で言われてもね…」
目を細め、薫はベット下に無造作に放置されているエプロンを見た。
それを言われては何も言い返すことができない。
煙草を未成年で吸うのは勿論いけないことだが、自分だってそれなりにいけないことをした後なのだ。しかも相手が男だし、今日に限っては変態的な情事に興じた。
「まあ、いいじゃねえか。煙草くらい」
「香坂がそんなんだから薫がこんな風になるんだ!悪い道に連れてくのやめれ!」
「…って言われても。なあ、薫」
「うん」
俺の怒りなど素知らぬ顔で流し、薫は口に咥えた煙草に火をつけた。
ああ、本当にどこで育て方を間違ったのだ、母よ。俺よりも余程薫を可愛がっていたではないか。とは言うものの、薫が煙草を吸ったと母に告げ口をしても、素っ気無い言葉が返ってきそうだ。そういうお年頃なのよ、なんて言って。
「…お前、やっぱ東城やめろ…お前ならもっと頭のいい学校に入れるはずだ…」
これ以上薫を悪の世界に染めたくない。
「なんで今更?やだよ。楓ちゃんと同じ学校行きたいもん」
何を言っても無駄だろうが、兄の心配を他所に香坂と薫は窓の外に視線を走らせ、言葉を交わす。
そもそも俺が東城に入学しなければこんなことにはならなかったのに。
自分の選択を悔いたが今更どうにもならない。
せめて、悪い先輩に捕まりませんようにと願うが、木内先輩と顔を合わせた限りそれも無理な願いとなってしまった。
裸体のまま頭を抱える俺の苦労など、薫は微塵もわかってはくれない。
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