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隣に腰を下ろし、ふと溜め息を吐きながら、カップを口元に寄せた香坂を瞳だけでちらりと見た。
少し見ない間に髪が伸びたような気がする。
一見邪魔そうに見えるし、無造作に整えられたそれは、清潔感があるわけではないが不埒な雰囲気を纏う香坂にはぴったりだ。
香坂だからこそ、かもしれないが。
何をやってもさまになるのだから、悔しい。
俺が同じ髪にすれば周りからキモイだのなんだの言われる事は間違いない。

「…髪、切らねえの?」

自分も背凭れに体重を預け、香坂の髪の毛を摘んだ。

「…あー、別にどっちでもいい」

自分の見た目は、ナルシストのように気にするのかと思いきや、実際は無頓着なことの方が多い。
服装には気を遣うが、トレードマークのヘーゼルのカラコンも、面倒なときはつけなかったりする。
無造作にセットされた髪の毛だって、わざとそうしているのではなく、面倒だから短時間で終わらせた結果なのだと思う。

「俺、お前が髪短いの見た事ないかも」

「そういえばずっとこれくらいの長さだな。短かったのは中学のときくらいだ」

「へー、ちょっと見てみたいかも」

「おもしろくねえよ、別に」

けれど、過去は自分のモノにはならないと知りつつも、覗いてみたいものだ。

「けどさ、長すぎね?」

「確かに、前髪も鬱陶しいかもな」

「冬だから別にいいけどさ、夏はきついだろ」

「まあ…」

「俺切ってやろうか?」

これでも髪を切るのは得意だ。
昔から遊びの延長線で薫の髪を切っていたし、今でもゆうきや蓮、景吾も面倒なときは頼んでくる。

「結構です。お前に任せると酷え事になりそうだし」

「失礼だな!これでも結構上手いんだぞ!それに、今くらいの髪の長さだと若干秀吉と被ってるぞ」

「いや、それはちょっと…」

「だろ?」

「冬休みだし、時間はあるんだ。その内切りに行く」

下手な美容師に任せるよりも、俺の方が絶対に香坂に似合う髪にできる。
技術はでたらめなものではあるが。
手先が特別器用ではないくせに、これだけはできるからおもしろいものだ。

「あ、あとさー」

「まだなんか文句あんのか?」

「別に文句じゃねえよ!」

「なんだ?」

「あの…んと、プレゼント、なんだけど…」

俺の懐事情は年中寒いものだと、この男に理解しろとは言わないが、一応男としてはもらってお返しをしないのは気に入らない。

「ああ、気にすんな。別に欲しいものなんかねえし」

「けどさ、俺もらったし…あの、あんま高いのは無理だけど、何かあれば…」

尻すぼみになってしまったのは、別れていようが俺のことを考えてくれていた香坂に申し訳なかったから。
どうせ付き合っていないのだしと、プレゼントなんて頭になかった自分が恥ずかしい。
香坂は別れていても、あんな酷い言葉をぶつけた俺にもプレゼントを用意していてくれたわけで。
別に、物の有無ではなく、相手を考えているということに価値がある。
俺を想い選んだであろうプレゼントは、まだ中身は見てはいないが、想ってくれただけで幸福だ。
冷たい態度をとられて不安になったが、それでも香坂を俺を見捨てただけではなかった。

「何でもいいからさ!ほら、今回のお詫びも兼ねて…」

「…なんか、ねえ…」

「うん!」

「別に、お前がいるし、これ以上欲しいものなんてねえな」

さらりと言った香坂に、一瞬フリーズする。呼吸までを止めて、呆然としてしまった。
そしてその次には、血が逆流したように身体も心も熱くなった。
平気な顔して、こんな寒いセリフを言えるのがいかにも香坂らしい。
きざという言葉がよく当てはまる。
顔がやけに熱くて、それを悟られまいと、そっぽを向いた。

「なんでそっち見てんだよ」

「っ、うるせえ!構うな!」

「なんだよ」

今度は、後ろからぎゅっと抱き付かれ肩に顔を乗せられる。
顔が近い。これではいくらそっぽを向こうが、悟られてしまうではないか。

「…顔真っ赤」

鼻で笑った香坂に、何も言い返せない。
ほら、だから嫌だったんだ。
今香坂と甘い雰囲気になるのは御免だ。
心が破裂してしまうかもしれない。

「お前も変なところで乙女だよな」

「乙女言うな!お前が変なこと言うからだろ!」

「変な事?別に、事実を言っただけ。嘘はつけねえタイプだし」

「それが嘘じゃねえかよ!」

耳元で囁かれ、脳を直接揺さぶるようなその声は罪だ。
いつもより掠れて聞こえるそれに、胸の音が耳障りなほど煩い。
俺で遊んでいるのだろうが、平静を装えないからからかわれてしまうのだろう。
だって、そんな余裕などない。
態と大声を上げたり、怒った風に見せるのが精一杯だ。
それも俺のただの強がりで、虚勢なのだと香坂はきっと知っている。
だから、この余裕の表情なのだ。

「楓、こっち向けよ」

「い、いや、だ…」

「なんでだよ、お前の顔が見たい」

こっちは見せたくもないし、見たくもない。
これ以上俺で遊ばないでほしい。
毎度毎度、このパターンにもっていかれる自分も幼稚だと思うが、香坂も飽きもせず玩具にする。
身体を硬くして、頑として拒否をすれば香坂はきっと力ずくで挑んでくる。
先が読めているならば素直に言う事を聞けばいいのに、大概天邪鬼だ。
そして、予想した通り、香坂は強く俺の腕を掴むとソファの上に押し倒した。
逃げ場を奪うように顔の両端に手をつき、上から覗き込んで来る。
視線に耐えられなくなり、また顔を背けた。

「お前もわかってんなら素直に言う事聞けよ」

「な、なんで俺がお前の言うこと聞かなきゃなんねえんだよ」

「…いつものお前っぽい。懐かしいな、こんなやりとりも」

柔らかく微笑んだ香坂に瞳を奪われ、そして吸い込まれるようにその場に香坂しか見えなくなった。
光りを放つ香坂は、世界中のどんな宝石よりも価値がある。
代わりはいないのだから、当然のことだけど、今の俺には香坂より欲しい物は見当たらない。

さらりと俺の髪を撫でると、軽いキスをくれた。
そしてまた微笑む。

やめてくれよ、そんな顔。
愛おしいものを見るような瞳で見ないでほしい。
何故かわからないけど、泣きたい気持ちになる。

「…楓」

きつく抱き締められ、なんだか香坂が泣いているようで、優しく抱き締め返した。

「本当にお前だよな?」

「…俺以外に誰がいんだよ」

「…そうだよな…お前が戻ってきたんだよな」

こんな風に、弱っている姿を見せるのはとても珍しい。
いつも凛としていて、常に完璧でいたい男で、弱味など決して見えない男だ。
それが少しだけ寂しかったけれど、どうやら香坂にも今は余裕がないらしい。
離れていた間、こいつがどんな生活をして、どんなことを想っていたかは知らないけれど、俺にはこれで充分。
目の前に香坂がいる、今だけで充分。

愛したり、その分愛されたり、相思相愛ってそういうもの。

それは、きっと簡単なようで難しい。
愛してくれる人を自分も愛するとは、確率にするとどれほど貴重なのだろう。
男同士ならば尚更。

けれど、俺たちはきっと愛し合っていて、お互いがいれば欲しい物はなくて。
お金じゃ買えないモノだからこそ尊くて。

本当は香坂の気持ちもわかる。
お前がいれば、他には何もいらないってさ。
寒いセリフだけれど、本当のことだから。

「楓」

名前を呼ばれるだけで幸せだ。
そして、キスをくれたならもっと幸せだ。

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