3

自室の扉を開けると奇妙な光景が広がっていた。

「…なに、してんだ?」

ベットに座るゆうきの両側の蓮と景吾が抱きつくようにしがみ付いている。

「…お前にまたなんかあったんじゃねえかって、こいつらさっきからうるせえんだよ」

疲れたと言わんばかりのゆうきの眉間には数本の皺。
苦笑を零し自分のベットへ腰を下ろすと、景吾がこちらへ飛び移った。

「大丈夫、楓…?」

「大丈夫だよ」

「何かあった?水戸先輩は?神谷先輩なんて?」

一気に捲くし立てられ返答に困り、とりあえず景吾の頭をぽんと叩いた。

「水戸先輩は俺を手離すって話、本当みてえだ」

「マジ!」

「ああ、もう大丈夫だから」

「…よかった…よかったね、楓!」

「ああ」

満開の向日葵のように笑う景吾の頭をもう一度叩く。景吾の笑顔には人を陽気にさせる力がある。
蓮やゆうきも、よかったねと口にしてくれて、その度に礼を言った。
皆の力のおかげでどうにかこうにか乗り切れた。
問題はまだ解決していないかもしれないかもしれないが、それでも毎日脅えて生活しなくていいのだ。やっと自由になったんだ。
遅れて喜びがじんわりと胸に響く。実感は湧かなかったが、一つでも問題が消えてくれるのはありがたい。

「でもなんで急に水戸先輩そんな風に言ったんだろね?」

それは秀吉のおかげだと言いたいのをぐっと我慢した。
神谷先輩と二人だけの秘密にすると約束した。その約束は破らない。

「…あいつのことだから急に飽きたんだろ」

「そっか!水戸先輩が気分屋さんでよかった!」

「だな」

「これで何の心配もしないでお正月迎えられるー!」

「そうか」

「うん!やっと食欲もわいてきた!」

逆にあれで食欲がなかったのか、と突っ込みたいところだが流しておこう。
解決に導いた当人の秀吉は、神谷先輩の話しで部屋でぐっすり眠っているのだとか。
寝不足だと漏らしていたようだ。それほど尽力してくれた。
目が覚めたら、元気な姿を見せてやろう。目一杯笑って、あいつを安心させてやろう。
ありがとうと言いたいが言えないから、だからせめて態度で示そう。
俺が笑えば、あいつはやったことが無駄ではなかったのだと、そう思ってくれるだろう。

「あ、そういえばゆうき、木内先輩が連絡くらいしろって怒ってたぞ」

「……えー…」

心底嫌そうな顔をしたゆうきに苦笑する。じゃじゃ馬どころの話しではないと木内先輩が愚痴っていたが、本当にその通りだ。

「お前、先輩の家に行くんだろ?」

「…さあ…」

「さあって…木内先輩が言ってたぞ」

「…へえ…じゃあそうかも」

木内先輩とゆうきは、ちゃんと意思の疎通ができているのだろうか。話がかみ合わない事が多いように思うのだが。余計なお世話だがこっそり心配した。
皆俺に付き合うように寮に残ってくれたが、問題が解決した今気を遣わせる理由はない。
あとは、自分の心の問題だけだ。それは自分自身で納得がいくまでもがく他ない。
折角の冬休みなのだから俺に付き合わせた分、この先は恋人に尽くした方がいいと思う。
だから、元気な自分を演じたつもりだ。いや、演じるというのは間違っているかもしれない。
実際に水戸先輩が手を引いて安堵しているのは確かで、僅かに光りが見えた瞬間もある。

「木内先輩にちゃんと連絡しろよー」

「…気が向いたらな」

もう何も言うまい。ゆうきと木内先輩の付き合い方は常識からかけ離れているのだ。

「俺、明日実家帰ろうと思うんだ」

「明日?」

「そう、今日はもう遅いから無理だけど…問題解決したし、元気になったからさ」

「そっか!うん、そうだね、じゃあ俺も明日一緒に帰ろっかなー!」

「じゃあ僕も…」

「じゃ、俺も」

「だからさ、今日も四人でお泊りしようよ!昨日楓と寝たらめっちゃ温かかったしー!」

湯たんぽ代わりに俺を使うのはどうかと思うが、実際にこちらもかなり安心して久しぶりに眠ることができた。人肌が近くにあると、嘘のようにぐっすり眠れてしまったのだ。
もしかしたら、脳が香坂と景吾を勘違いしたのかもしれない。

「そうだね、そうしよう」

「だなー。でもゆうきはちゃんと携帯持って来いよ」

「…面倒くせ…」

「あ、秀吉はー?」

「なんか部屋で寝てるらしいぞ」

「んじゃ夕飯の時に起こしてあげよっか!それまで荷物準備しようかなー」

「俺も準備しねーと」

「じゃあゆうき一回帰ろー」

「…わかった」

ベットから景吾が飛び降り、ゆうきの腕を引いて部屋を去った。自分も荷物をまとめるために立ち上がる。
すると、静かに微笑んでいる蓮と視線がぶつかった。

「…なんだ?」

「…ううん、なんでもない!」

遠慮がちに言うと、こちらに飛び込んできた。

「どうしたんだよ」

「なんでもないよ」

瞳を閉じ、身体に回した腕に一度力を込めるとぱっと身体を離した。

「僕も準備しよー」

そして少し照れたように視線をそらした。言葉にしなくても、言いたいことはわかっているつもりだ。
自分も言葉には出さないが蓮には伝わっている気がする。
勿論、見返りを求めるような奴らじゃない。感謝の言葉が欲しいわけじゃないとわかっている。
けど、言い表せないほどの感謝が溢れ出る。
口に出せば、当たり前のことだと口を揃えて言うだろう。
この学園で出逢ったこと、友達になれたこと、幸せだと思う。
とても返せないほど助けられた。
安心して涙を流せる存在がいるとはこんなにも幸福なことだと知った。
忙しく過ぎる日々では見落としていた色んなことに気付けた。
それは、ひとつひとつが、とても大切なことだった。

クローゼットから衣服を取り出し、鞄にぎゅうぎゅうと無理矢理押し込めながら、またじわりと滲んだ涙を蓮に気付かれないないようぐっと堪えた。
また泣いたら、どうしたのと酷く心配するだろう。
俯き、髪で隠しながら、ただ只管荷物をまとめるふりをして、服の袖で目を擦った。

二時間後にゆうきと景吾も戻ってきた。
げんなりするゆうきに、どうしたと問いかければ、景吾の準備にかなり手間取ったようだ。
夕食の時刻が近付き、秀吉の部屋へ向かった。
まだ眠りたいと言う秀吉を無理矢理叩き起こし、一緒にご飯を食べ、そして昨日と同じように景吾と眠りについた。
景吾は体温を求める子供のようにこちらに近寄り、ぎゅっとパジャマを握った。

「…楓がいつもの楓に戻ったから、俺幸せだよ…」

景吾が眠りに落ちる寸前、小さく呟いた。
景吾らしい率直な言葉になんと答えていいのかわからず、抱きかかえるようにしてその日は眠った。

翌日の早朝、部屋に顔を出した木内先輩によってゆうきは眠気眼のまま、連行された。
残るは蓮と景吾になり、秀吉に軽く別れの挨拶をしてから、駅までの道を歩き出した。

「うー寒い…」

寒さに弱い景吾は、背中を猫のように丸くした。吐く息が真っ白に濁ることに驚いている。

「雪が降りそうだよね…」

「雪はちょっと嬉しいけど、こんなに寒いのはやだ…」

「家の方はまだましだろ」

「そうだけどさー」

山中の学園と実家を比べると気温差が激しい。同じ都内とは思えないほど。
勿論実家も寒いのだが、ここでの生活に耐えていればまるで楽園だ。
数が多くない電車をホームに立って待つ。コンクリートの底冷えに身体を震わせ肩を竦めた。マフラーに口元までおさまると亀のようだと笑われる。
北風は容赦なく吹き抜け身体から体温を徒に奪っていく。まるで冷蔵庫の中だと蓮がぼやいた。それに大いに頷く。
真っ直ぐに伸びる線路。レールが軋む音がしてそちらを見れば、漸く電車がやってきた。
切符を財布の中に忍ばせ、三人並んで座った。始発のため乗客はまばらだ。
こんな時期のこんな時間にこの電車を利用するのは買い物に行く主婦か、東城の生徒くらいなものだ。
帰省するのであろう、大きな荷物を持ちながら笑顔で電車に乗る生徒を数人見かけた。

「電車の中暖かいー」

「だねえ、本当に外寒いもんねー」

「お前、マジで秀吉が言ってたみてえに太んじゃね?」

「そんな事ないよ!大丈夫、初売りとかで動くから」

お正月もらったお年玉を貯金する気など毛頭ないと景吾が豪語する。すべてを洋服代として遣うらしい。

「その前にクリスマスもあるしなー。今年はサンタさんに何もらえるかなー」

この発言に俺と蓮は目を丸くして、暫く景吾を凝視した。

「……サンタ、さん…?」

「そう!」

「お前…まさか、まさかだけどまだサンタを信じてる、とかいうオチは…」

「あ、それはない。けど、信じてるふりしてたら親がやめるにやめられないって、ずっとプレゼント枕元に置いてくれるから、信じたふりしてんのー」

呆れた発言だが実に景吾らしい。邪気を感じさせぬ笑顔を思えば景吾の両親の気持ちにも頷ける。
決して良い行いではないが。それも今の内、子供の特権として目を瞑ろうと思う。
蓮は瞑れないようで景吾に説教を始めたが、本人は適当に相槌を挟むだけでまったく聞いていない。

「蓮、その辺でいいだろ」

「そうそう、この話しはお終い!」

「アホはアホなりにアホな知恵絞ってんだからよ」

「楓も同じくらいアホなくせに!」

今度は景吾と口喧嘩が始まり必至に蓮が治めに入った。
蓮が一番苦労していると傍から言われるが、正にその通りかもしれない。
いつでも、どこでも保父のように振る舞わなければいけない。
漸く口論が終わったと思えば次の瞬間には景吾は居眠りを始めた。
隣で蓮が小さく溜息を零す。

「景吾は本当に…弟のお守りしてる気分になるよ…」

「景吾らしくていんじゃね?」

「楓もだよ!」

「俺は大人ですー」

「大人はこんなことで喧嘩しないの」

「退屈そうな景吾と遊んでただけですー」

「まったく、ああ言えばこう言う…」

蓮は脱力し、頭が痛いとぼやいた。
けれども、これがいつもの俺たちの形だと思う。ひびが入っていた丸が綺麗な円形に戻った。どこもかけていないし満ち足りている。

暫くすると景吾の最寄駅が近付いてきた。肩を乱暴に揺さぶりやっとの思いで起こした。電車の中の暖かさはまるで温室のようで、睡魔が襲うのはわかる。しかし、ここまで爆睡できるのも特技だと思う。

「あ、降りなきゃ…」

「ちゃんと起きろよ」

「んー…」

温室からツンドラへ。覚醒するには丁度いいが身体も精神もこれに耐えるのは難しい。
降りたくない、電車の中で眠っていたいと駄々を捏ねる景吾の気持ちもわかる。

「連絡よこせよ」

やっと覚悟が決まった様子の景吾に言う。

「うん。二人とも冬休み暇だったら遊ぼうね」

「うん、気をつけてね」

「じゃあなー、良いお年を」

「その前に良いクリスマスを!」

車内アナウンスと共に開いた扉へ吸い寄せられる。景吾はホームに足をつけると、寒さで肩を竦めながら、電車が発車するまで大袈裟に手を振り続けていた。

「さっきまで寒いって駄々こねてたのにもう元気だね、景吾は」

「久しぶりに実家に帰れるから嬉しいんだろ」

「そうだね…楓も久しぶりに薫君に会えるね。薫君ずっと会ってないなー。顔見たいな」

「暇なときはうち来いよ。薫も喜ぶ」

「うん、そうだね」

他愛ない話をしていると、蓮も去って行った。
電車中も、都心に近づくに連れ乗車客が多くなり、今では満員だ。
それは、仕事中のサラリーマンだったり、この辺の高校生だったり。
自分も電車の椅子に深く腰をかけ、下車する駅まで眠ってしまおうと瞳を閉じた。

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