7


「楓、あの…」

蓮は両目を豪快に腕でごしごしと擦りながら身体を離し、真っ赤になった瞳を伏せた。

「拓海から聞いた…楓辛そうだから、黙ってたけど…」

須藤先輩=香坂の話しだろうと察し、身構えた。どう繕っても香坂の話しを聞くのは辛い。

「…香坂先輩の足首に見たことないアクセサリーがついてたから何って聞いたんだって…」

それは自分が誕生日プレゼントにあげた物だとすぐにわかった。
迷った挙句にケーキしか用意ができず、それでも香坂は俺のお古であるそれを愛おしそうに撫でていた。

「そしたら先輩が楓から貰ったものだって。別れたけど、でも外せないんだって言ってたって…」

胸が一度大きく波打ち次に小刻みに震える。
そんなはずはないと打ち消したい気持ちと、嬉しさで期待してしまう心がせめぎ合う。
けれど期待などしない方が幸福ということも知っている。
期待すれば必ずしっぺ返しをくらうのがオチだ。
香坂の冷酷な瞳を思い出し顔を伏せた。
しかし蓮は続けた。

「…楓との思い出だから捨てられないって…香坂先輩、すごく辛そうだったって…」

瞬間、涙がじわりと滲んだ。悟られぬように瞳をきつく閉じる。
けれど必死に食い止めようとしても次から次へ溢れてとうとう誤魔化せなくなる。
こんな風に涙を流すのは卑怯だと思う。
香坂を捨てたのは自分で、思い出を捨てられないのも自分なのだから。
香坂が辛い想いをする必要など少しだってないし、そんな風に考えていたことも知らなかった。
こんな自分のことなど、次の日には思い出として処理しているのだと思った。
彼の周りには魅力的な女性が多く、引く手あまただろう。
同性同士の未来が見えない恋愛など、キャンディの包み紙くらい簡単に捨てられるのだと思っていた。

「…ごめ、泣くつもりなんて、なかっ――」

視界がぼやけ、景色がぐにゃりと歪む。嗚咽を我慢すると引きつった喉が痛い。

「…マジ、ごめ…」

堰を切って涙を流せば壊れた蛇口のように止まらない。
止めなければと焦るほど大粒になって床にしみを作っていく。

「……楓…」

景吾がゆっくりと背中をさすってくれた。
温かな手に導かれるように、本音が喉を通り過ぎる。

「……っ、ほんとは限界だった…あいつと別れて、死にそうだった…けど、どうしようもなくて…」

「楓…」

「俺が…俺が悪いくせに、俺から別れを言ったくせに、こんなの矛盾してるってわかってる…けど…」

「香坂先輩が好きなんやろ?」

「……好きだ…」

言葉に出してしまえば、無理して強がっていたのが嘘かのように泣き崩れてしまった。
男が泣くなんて女々しいけれど、自分では止められない。止め方もよくわからない。

「…先輩とより戻そうよ。先輩だって楓のことまだ好きだよ…」

「それはでき、ない…」

「なんで!?」

「…よりなんて戻したら、あいつと別れた意味がなくなっちまう…」

例え香坂が俺をまだ好きだとしても。両想いだとしても。
意味のないプライドなのではないかと、ふと思うときがある。けどそれを認めてしまったら自分が崩れ落ちてしまいとわかっている。
好きだから。そんな単純な気持ちでよりを戻せるほど、簡単ではない。
香坂が俺を想ってくれているとしたら、それはすごく嬉しい。そしてそれと同じ位裏切った自分が憎くなる。
香坂が俺を想う強さに比例して、絶対によりを戻しちゃいけないと思う。
俺の思い出など早々に捨てて欲しいと思う。

流れる涙を隠すように、袖で拭い目を擦った。

「…楓?」

乱暴に擦ったので目の周りは真っ赤だろう。

「…俺、あんまわかんねえけど、もっと単純なことだと思うぜ。何があっても、離れられないなら一緒にいればいい。お互いそう望んでんのに離れる必要があんのか…?」

「せやで。一人で辛いって言うより、香坂先輩と一緒に辛さをわかちあえばええ」

「…けど、俺…」

今だって俺は水戸先輩のモノであり、香坂のモノではない。
お互い想い合っていても、水戸先輩の玩具でなくならない限りどこにも行けない。逃げ場はない。自由に生きることすら許されない。

「あんま気張るんはよくないで?」

「あー!よく言うよー!自分も同じようなことあったくせにー!」

「……せやったっけ…?」

「誤魔化したー!楓もなんか言ってやりなよー!」

苦笑を零す秀吉に、鼻を啜りながら笑った。

少しだけ本音を吐き出して心の中が晴れた。これからは多少素直になろうと思う。
虚勢を張るのに疲れていたし、辛いときは辛いと言って、泣きたいときは泣く。
木内先輩が、頼ってやれよと言った意味がようやくわかった。
今、皆の顔を見て。
俺と同じだけの苦しみを共有しようとするけれど、五人揃えば次の瞬間には晴れた日のような笑顔になれる。心が満ちた表情でいてくれる。
人に頼るということを忘れていた。どこかで自分に禁じていた。
お前らはいつでもいいんだよと常に腕を広げて待ってくれていた。

「…サンキュ」

言えばほら、笑ってくれる。
それだけでまだまだ頑張れると思った。萎んでいた花が一気に満開になる。
孤独に押し潰されそうになれば、一緒に泣いてくれる友達がいる。
人の心配ばかりして自分のことは二の次で、最高に馬鹿だと思う。けど、最高に愛おしいと思う。

[ 74/152 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -