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早く冬休みにならないかとそればかりを願っていた。
水戸先輩には勿論会いたくないし、香坂の顔を偶然見かけるたびに胸が裂けそうになり、その度に寿命が縮まっている気がするほど心臓が煩い。
同じ学園中で香坂と、水戸先輩と生活するのが苦痛でしかたがない。
何もかも手放してしまいたい衝動に駆られる。
学校にも行きたくないし、かといって寮中にいるのも嫌だ。
全てを擲ってどこかへ消え去りたい。
偶然香坂に会い、またあの冷酷な瞳で見られたらと思うと恐い。愛情なんて微塵も残っていない、裏切り者を責めるような瞳。
それが自分に向けられる日が来るなど想像もしていなかった。
愛し合っていた時はあんなに優しく笑顔を向けてくれていたのに、別れてみればあっけないもので、自分が知らないだけで香坂はとても冷たい男だった。
それだけ酷い言葉をつきつけたし、酷い裏切りをしたとわかっている。それなのに、どこかでまた元のように戻れるのではないかと淡い夢を見ていた分、自らに返ってきた痛みはそれ以上だった。

しかしその地獄からもやっと解放される。僅かな間ではあるが。
相変らず、皆の前では気丈に振舞っているつもりだけれど、数え切れないほど気を揉ませた。

「やあっと休みだー!」

景吾が両腕を天に伸ばした。
就業式を終え、体育館から教室へ移動中だ。

「けど冬休み短いからね」

「でもクリスマスとか、年越しもあるし、イベントいっぱいで嬉しいじゃん!」

「正月太りするなよ」

「えー!大丈夫だよ!動くから!」

「ほんまかあ?寒いー言うて外出えへんのとちゃう?」

「なんだよもー、みんなしてー」

他愛ない会話を楽しみながら笑い合うみんなの輪の中にいる、それが唯一の救いだ。じゃれているのを見るだけで心がすっと穏やかになる。
皆が、極力水戸先輩から守ろうとしていると気付いている。
何処へ行くにも誰かがついてくるし、部屋でも蓮だけでは不安だからと秀吉がよく来てくれている。
勿論、ゆうきは景吾についているし、何かあったら木内先輩もすぐに駆けつけると約束してくれたらしい。

肝心の水戸先輩といえば、思いつきで連絡をしてきては定期的に一緒に帰ったり、ご飯を共にしたりを続けている。
徒に唇を奪われることはあってたが、身体は要求してこない。
それが何故かはわからないけれど、ふいに寂しそうな表情に変える瞬間がある。
俺が傍にいても孤独だと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。
やはり、自分で言っていたように、景吾もいなくては満足しないのだろうか。
真意はわからないが、このまま冬休みを迎えて、そして三学期がきて、自由登校になって卒業してくれれば解放される。
あと数ヶ月我慢すれば苦しみが半分は消えてくれる。

それくらい我慢しなくてはと思う。
ゆうきはもっと、もっと辛い想いをしてきたのだから。
木内先輩に明かされたゆうきの過去を、直接本人に問い質したりはしなかった。
木内先輩が言うのだから真実なのだろうし、先輩も話したのは苦渋の決断だったのだろう。
あえてゆうきの傷を掘り返すつもりはない。
今木内先輩と一緒にいて幸せならば、過去など忘れた方がいい。
ただ、知らなぬ間にそんなことがあって、それでもいつもと変わらず過ごしていたのだと思うと胸が苦しいだけ。
ゆうきも頑張ったのだから、落ち込んでばかりもいられない。

「楓はすぐ実家帰るの?」

「んー…ちょっと寮に残って、年末帰ろうかと思ってる」

「ふーん、そっかー」

きっと香坂はすぐに実家に帰るだろうから、時期をずらしたかった。長く寮にいれば水戸先輩と接しなければいけないくとも。

「じゃ、俺もちょっと寮に残ろうかな!」

「あ、じゃあ僕も…」

「…俺も」

突然言い出した皆に驚き、身振りも交えて首を振った。

「俺の事は気にすんなよ。大丈夫だから。秀吉はいるんだろ?」

「俺はずっと寮やで」

「な?秀吉がいてくれるからさ」

「えー!でもでも、折角の休みだし、時間気にしないで遊びたいじゃん!」

「皆で話したり、楽しそうだよ。ほら、学校あるときは次の日早いからとか、休日予定入ってたりでなかなか夜更かしもできないけど、冬休みなら大丈夫だし。ね?」

「でも…蓮もゆうきも先輩のとこ行くんだろ?」

「僕は行かないよ。年末だし、お邪魔するの悪いから…」

「俺もそんな予定はない」

「ほらね、いいじゃん!はい、決定ー!」

「でも…」

「楓!」

一歩前を歩いていた景吾は、くるりとこちらを振り返ると、右手の掌で俺の口を塞いだ。

「俺達がいたいの!」

怒ったように言うと、次の瞬間にはにっと笑う。そういう所が景吾らしいと思う。
多少強引であるが、どんなに首を振っても否と言うだろう。
溜め息交じりに笑みを零し了承した。
つくづく、友人に恵まれていると頓に感じる。

教室につき、冬休み問題を起こさないようにとの全く説得力がない浅倉の小言聞いて解散となった。
県外から来てる生徒も多く、帰省に向けて今日は寮内が騒がしくなりそうだ。
鞄を持ち、いつも以上に騒ぐ景吾を微笑ましい気持ちで見つめていると携帯が鳴った。
携帯が鳴るたびに、一瞬の恐怖が身体を縛る。相手はわかっているから。
また、呼び出されるのだろうかと辟易しながら携帯をあけた。
新着メールありの文字に、溜め息を零してしまいそうになるのをぐっと堪えた。
それはやはり水戸先輩からだった。

"明日から冬休みだね。暫く会えないと寂しいから今日部屋来てね"

こんなことだろうと予測はしていた。
行きたくないが、張ってでもいかなければ。
今日我慢すれば暫くは安全に過ごせると言い聞かせれば、苦痛も呑み込める。
帰ったら行くと、短く返信し、帰路についた。

「俺、ちょっと出てくるわ」

それぞれの部屋に戻った後、制服を脱ぐ蓮に言った。

「…うん……」

言いたい事は山ほどあるだろう。何処へ?大丈夫なの?いつ帰るの?
全てを呑み込み、見守る蓮に大丈夫だからという意味を込め、頭をぽんぽんと叩く。携帯だけをポケットに入れ、制服のまま水戸先輩の部屋を目指した。

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