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ベットに顔を埋めても涙は止まらず小さなしみを作っていく。
鼻を啜ると、ノックの音が静かな室内に響いた。
まさか水戸先輩ではないかと、びくびくする。

「…は、い…」

先輩ならば帰ってもらおう。今は相手をしていられるほど心が穏やかではない。
何の返事もなしに扉が大きく開き、泣き顔を隠す暇がなかった。
そして、そこに立っていたのは意外すぎる人で、驚いて涙も止まってしまった。

「…ゆうき、いるか?」

「……いま、せん、けど…」

木内先輩がこの部屋を訪ねてくるのは初めてで、本当に驚いた。
ゆうきと連絡がつかないのだろうか。
自分がこんな風になった直後だし、ゆうきに対して過保護になるのも仕方がないと思う。
ゆうきの美貌は本人の意思とは無関係に人を狂わせる。暴挙に出る輩がいたらと考えると、気が気でないのかもしれない。
木内先輩も相当な苦労と苦悩を抱えながらゆうきと共にいるのだろうか。
無敵に見える木内先輩が大童する姿は、いつだってゆうき関連のときだけだろう。

「……お前、泣いてんのか?」

問われて顔を背けたがもう遅い。

「…入るぞ」

先輩はこちらの返事を待たずに入り、扉を閉めた。
木内先輩は口数が多い人ではないから、二人で話した記憶も数える程度で、しかも一言、二言だけだ。
話し難いのも本音で、二人の間に流れる空気が窮屈だ。
だから、本当はどうしようかと戸惑ったが、追い返すのも不自然だ。

ベッドに座った俺を見ると、隣に腰掛けられた。
まさかこんな近くに座ると思っておらず、動揺する。

「…なんで泣いてんだよ」

率直な物言いがらしいと思った。けれど、木内先輩に言えるわけがない。本音は秀吉以外に語るつもりはない。
木内先輩も俺をよく思っていないだろう。自分の友達を裏切った本人なのだから。
普通ならば苛立つし、胸倉を掴み二、三発は殴りたくなる。
もしも、木内先輩がゆうきを裏切ったなら、当人同士の問題だとは割り切れずに殴りかかるだろう。
木内先輩の放つ雰囲気は相変わらず周りを威圧するが、それが彼の普通なのだと知っている。

「……別に…なんでもありません…」

「楓」

強い口調で名前を呼ばれ、身体が強張った。木内先輩は怖いし、苦手だ。

「俺は遠まわしに言うの得意じゃねえし、はっきりしないのも嫌いだ。正直に答えろよ」

何を聞かれるかは想像ができた。だから、言いたくなかった。

「お前、水戸にやられたんだろ?」

その問いに俯き、何も言えなかった。
はっきりしろと脅されても言えない。絶対に。
木内先輩から香坂に伝わったらと思うと怖い。

「涼にもゆうきにも言わねえ。お前らの問題だから首は突っ込まない。だから正直に答えろ」

木内先輩と親しいわけじゃないし、どこまで信用していいのかもわからない。
尚も俯いたまま、何も言わない俺に、木内先輩は溜め息を吐いた。

「……否定しねえってことは肯定ととっていいんだな」

その問いにも何も言えなかった。
水戸先輩と何かあっただろうということは皆気付いてる。
ただ、口に出して聞いてこないだけで。
隠しても無駄だとわかってる。
わかっていないのは香坂ただ一人だ。

「お前も不器用な奴だな。水戸にやられたところで涼がお前の事嫌いになるわけじゃねえだろ」

「っ、そんなことない!」

悟ったような口調に苛立ち、叫んだ。
秀吉も木内先輩も、同じようなことを言うが、二人は香坂ではない。
それは予測の範囲内でしかない。何を根拠にそんな風に言うのか理解できない。
馬鹿だと、不器用だと、そんな言葉で自分の答えを否定されたくなかった。
もっと責めて欲しい。俺にはこれしか道がないのだと納得させるように。
もしかしたら他の道が、と淡い期待など抱きたくない。
香坂の隣で汚い身体のまま、何もなかったように笑うなんてできない。
それは今よりも辛いことに思えた。
感情的に声を荒げてしまい、はっと木内先輩を見ると、先輩はまた溜め息を零した。

「…俺はゆうきが好きだ。知ってるよな?」

突然、何を言い出すかと思った。そんな当然のこと、ずっと前から知っている。
先輩が遊びではなく、本気で誠実にゆうきを想い、それはゆうきも同じだと。

「遊びなんかじゃねえし、あいつを手離すつもりもない。でもな…」

先輩は一旦言葉を止めると、真っ直ぐに射殺すようにこちらに視線を合わせた。

「…あいつもお前と同じような想いを、ずっとしてた」

「……え…?」

「ゆうきにはお前らには絶対に言うなって口止めされてたから、俺から言うのは不本意だけどな…」

「それ、どういう…」

「あの外見だから、中学の時から色々あったんだ。予想はできるだろ」

淡々と語る先輩の言葉が信じられなかった。
だって、そんな素振りは微塵もなかった。元々表情に乏しいだからとかではなく。
俺たちにそんなことは一言も言わなかったし、辛いと、助けてくれと頼ってくる事もなかった。
初めて聞かされた事実に、頭の中は一瞬にして真っ白になった。

「けど、あいつが誰に何をされてようと、何人と身体を重ねていようと、あいつを想う気持ちは変わらない。そんな薄っぺらい物差しでゆうき測ったりしない。それも含めてゆうきを好きになった。わかるか?」

「……わか、ります…」

「涼もそれは同じだ。あいつを見くびるな。そこらの男と一緒にすんなよ。涼が可哀想だろ?」

ふと木内先輩は微笑んだ。悪人面には変わりないが。
けれど、今更そんなことを言われてももう遅い。
もう終わったんだ。俺たちは終わった。

「今の話を聞いてどう動くかはお前次第だ。俺はこれ以上なにも言わねえよ」

立ち上がった木内先輩を見上げた。

「でも最後に。たまにはゆうきにも頼ってやれよ。あいつ最近辛そうなんだ。無理に元気にみせなくていい。その代わりに、あいつに少しでもいいから弱味見せてやってくれよ」

先輩は困ったように笑うと、じゃあなと後ろでに手を振りながら部屋を出て行った。
残された俺は、先輩の言葉の一つ一つを思い返した。
ゆうきがずっと苦しんでいたこと、それでも先輩は変わらずに好きだと言ったこと、少しは頼ってくれよといわれたこと…。
今の自分にはは益々混乱するような話しだったが、木内先輩に少なからず感謝した。
きっと、先輩なりに励まそうとしてくれたのだと思うから。あの木内先輩が、と思うと自分は余程酷い顔をしていたのだろう。

木内先輩は強い人だ。とても芯がしっかりしている。
だから、そんな過去がゆうきにあっても黙って受け入れたのだろうし、だからこそゆうきも先輩に心を奪われたのだろう。

おそらく、景吾でさえもゆうきの過去を知らない。どんなに辛かっただろう。
ゆうきはいつだって毅然としていた。弱味など一切見せなかった。
それに比べて自分はどうだろう。心身共に弱り果て、周りに心配をかけるばかりだ。
平然としていたい。そう願うが少しでも気を緩めると香坂に思考が流れてしまう。
確かに状況は少しだけ違うかもしれない。
けれど、感じる辛さは自分の何倍だっただろう。
それを思えば、泣いてばかりいる自分が情けなかった。
友人たちは皆それぞれに底知れぬ強さを持っている。俺は何故立ち止まってばかりなのだろう。
どうして、強くなれないのだろう。

香坂、香坂、香坂――。

気付くと心の中でいつも叫んでいる。

俺たちも、ゆうきと木内先輩みたいになれたら。そうしたら、今も並んで笑っていられただろうか。
しかし現実は違う。自分はゆうきのように強くなれない。
ゆうきが羨ましい。そんな強さが欲しい。

香坂がいなくとも、笑って、気丈に過ごす。一瞬でも心配などかけたりしない。
そんな完璧な強さが欲しい。

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