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"今日一緒にご飯食べよう"

そんなメールが来たのは、あれから三日経った頃。部屋でゆっくりくつろいでいた俺には不幸の知らせ以外の何物でもない。
部屋には自分一人だった。蓮は遠慮し、俺の傍を離れようとしないので、強引に須藤先輩の元へ行かせた。
朝も、昼も、放課後も、なるべく一緒にいようとしてくれている。でも、須藤先輩と一緒にいたいときもあるだろうし、逆もしかり。
だから、渋る蓮を無理矢理部屋から追い出したのだ。
それはゆうきも一緒なのだけど、ゆうきの場合は何を言っても聞いてはくれず、木内先輩などどうでも良いの一点張りだ。
恋人にそんな扱いを受ける木内先輩に同情する。それも、ゆうきなりの愛情表現の一つであるとわかっているけれど。
友人と共に過ごす時間が増えるのは嬉しいが、それによって負担はかけたくない。皆もそれぞれ好きな人と共に過ごして欲しい。
香坂と別れたから尚更、恋人は大切にしてほしいと思うし、思い出もつくってほしいと思う。

携帯が震える度に、まさか香坂かと期待をするのはもう飽きた。その都度愕然とするとわかっているのについ、期待してしまう自分は本当に馬鹿だ。
もう二度と連絡はこないし、その姿を近くで感じることもできない。
頭でも心でもわかっているのに、自分の意識しないところでちっぽけな期待を抱いている。意識していないので、止めようにも止められない。そんな自分に何度呆れたことか。
彼の連絡先はまだ残っている。未練に繋がるから消そうと何度も思ったが、消せずにいる。
二人を唯一繋いでいるものは、今は電波だけだ。それが、どうしようもなく悲しい。
本当は恋しさに耐えかねて何度も連絡しようとしてしまった。ただ声が聞きたかった。
けれど、あんなことを言って、あんな終わり方をして、どの面さげて連絡なんてできるだろう。

今だって、メールの相手は水戸先輩だ。

"わかった"

短く送れば、今から迎えに来ると言う。

水戸先輩と過ごす時間は苦痛で、その度に香坂ならばどんなにいいかと比べてしまう。
けれど、こちらに夢中になっている間は景吾に手を出す暇もないだろうし、それならそれでいいと諦めた。
曲がりなりにも水戸先輩は受験生だ。
こうして一緒に帰ろうとか、飯を一緒に食べようと誘われることはあっても、部屋に誘われたのはあれ一度きりだ。
身体を要求されないのが不幸中の幸いだ。
相変わらず彼の思考は読めず、ただ、俺と一緒にいればそれで充分なのだと言う。言葉の真意はわからぬままだ。

こんこんとノックが聞こえ、溜め息交じりにベッドから起き上がる。

「こんばんは」

「…どうも」

「じゃ、行こうか」

部屋の鍵をしっかりとかけ、水戸先輩と並んで廊下を歩いた。
学校では、香坂から水戸先輩に乗り換えたのではないかと、下らない噂が広まっている。
香坂絡みの噂は以前からずっと耐えなくて、今回も退屈をしている生徒の餌食になったようだ。
香坂が可哀想だとか、そもそも香坂は本気ではなかったから飽きて捨てられ、寂しさを埋めるために水戸先輩といるのだとか、色んな憶測が流れているようだった。
どうでもいいし、好きに言えばいいと思う。
他人に複雑に絡まった糸が解けるわけもない。

すれ違う人はひそひそと言葉を交わす。でも、そんなのは香坂を失った苦しさに比べれば取るに足らない出来事だと思う。
気が済むまで好きなように罵詈雑言を吐けばいい。

学食は時間が遅かったためか、然程混んではいなかった。
そういえば以前、水戸先輩と学食で会った時はまだ香坂と一緒にいて、香坂は俺を庇うように先輩に喧嘩を売った。
遠い昔の話ではないのに、それは酷く懐かしいものに思える。あの時の幸せだった自分を思い出し、自嘲に似た笑みが零れた。
あの時はこんな風になるなんて微塵も思っていなかった。
今も当然、香坂の傍にいるのが当たり前に感じるくらい、平凡な時を過ごせると思っていた。
人生はどこで災難が訪れるかわからないから困る。
その元凶をつくりだしたのは隣にいる彼だが、別に恨んではいない。結局、悪いのは自分一人だと思っている。
水戸先輩のやり方は間違っているが、欲しいと願うものは誰にでもある。
結論を出したのは自分で、この道を選択したのも自分だ。
同じ状況下でも、違う答えを出したのならば、今とは違う人生があっただろう。

適当な席に座り、言葉少なめに事務的に飯を食べた。食欲はないし、無理矢理胃に詰め込む作業は苦痛だった。
早く部屋に戻りたい。
水戸先輩と一緒にいる自分が一番嫌いだ。何食わぬ顔して、こうしている自分を殺したくなる。
何も問わず、黙って見守っている皆に申し訳ない。不審を抱いているに違いないのに。何故水戸先輩のいるのだろう、と。
理由は秀吉しか知らないし、秀吉もうまく言ってくれたのだろうけど、事情を聞きたいのを皆我慢してくれている。
早く水戸先輩が卒業してしまえばいい。そう願わずにはいられない。

「楓君食べるの早いね…ちゃんと噛まないと消化に悪いよ?」

「…早食いなんだよ」

「ふーん…」

自分はさっさと食べ終わり、水戸先輩が食べ終わるのを頬杖つきながら待った。無意味に視線を出入口へと向ける。けれども、瞳には誰も映らない。

「ごちそうさま。美味しかったなー」

やっと食べ終わり、水戸先輩は俺の分のトレイも持ち、立ち上がった。
それを当然のように受け入れ、自分は先に出口付近で待った。

水戸先輩は常に些細な優しさを見せる。まるで、なにもできない赤子のように扱い、目一杯に甘やかす。
それが、故意で与えられる優しさだとしても、水戸先輩なりに気を遣っているのかもしれない。本当のところは知らないけれど。

「お待たせー」

やっと戻ってきたところで、廊下に一歩足を踏み出した。そのとき、逆に学食に入って来た人にぶつかり、すいませんと呟きながら顔を上げた。

「……こう、さか…」

前も見ずに歩いていた自分を恨んだ。それ以上に久しぶりに見た香坂の顔に、心臓が一瞬にして高鳴った。

香坂も驚いた様子で目を一瞬丸くしたが、水戸先輩がいることを確認すると、すっと瞳を冷酷に変え、こちらを見下ろした。その瞳が痛くて、胸がずきずきと痛む。

「香坂君じゃん、久しぶり!」

水戸先輩は薄っすらと笑みを浮かべると、あろうことか香坂に声を掛けた。しかも、俺の肩をぐっと引き寄せながら。
まるで、俺は自分の所有物なんだと言わんばかりの態度だ。
香坂は水戸先輩を睨みつけると、無言で横を通り過ぎようとした。

「ねえ香坂君」

「…なんだよ」

「楓君、返して欲しい?」

その言葉に一番驚いたのは俺だ。香坂が何と答えるか聞きたくなかった。耳を塞ぐか、今すぐこの場を立ち去りたい。けど、身体が硬直してどこも動かない。

「…別に」

「…そっか」

短く答え、香坂は学食の中へ消えていった。そして、俺はこの世から消え去りたかった。

わかっていた。香坂がもう自分を求めていない。でも、実際に目の当たりにするまで立ち直っていない。
胸に刺さった棘は心臓を取り囲み、ちくちくと痛めつける。
香坂の冷酷な視線と、あの言葉。
もしかしたら、まだ香坂も俺を想ってくれているかもしれない。微かに期待していた自分が恥ずかしい。そんなはずはないのに。
涙が溢れそうになり、水戸先輩の手を振り解き部屋まで走った。

震える手で鍵を開け、部屋の中に入り、息を整えてベッドへ倒れこんだ。
涙を我慢するのは限界で、部屋につくと同時に瞳から雫が零れた。

「……うっ、くっ…」

嗚咽を殺して、泣くのは慣れた。ここ数日、毎日繰り返していたから。でも、今日はいつもとは違う。嗚咽を堪えられないほど涙が溢れてくる。
俺たちは本当に終わってしまった。香坂の心に俺は1oだって残っていない。
嫌われても、それでも記憶に残ってくれるならばそれでいいと思ったが、そんな生易しいものではなかった。
香坂の態度と言葉は、俺という存在は元々なかったと語っている。
香坂の記憶の中から、完璧に抹消されたのだと、気付いた。
いつかよりを戻せたらなんて、淡い夢を抱いていた自分を嘲笑う。
どこかで香坂は許してくれるかもしれないと、甘えていた。
もう優しかった香坂は戻ってこない。好きだと囁いて、夢中で愛してくれた香坂をこの腕で抱けることは二度とない。

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