「あるじさまっ……!」
「やめろ今剣!!」

私を呼ぶ今剣の声。それを制止する岩融の声。
振り返ると同時に胸に飛び込んできた小さな身体は、震えていた。

「れきしをかえては、なぜいけないのですか」

切実に訴える大きな瞳からこぼれ落ちる涙は、私を罪悪感の底に突き落とした。
こうなることはある程度予想していたし、それを踏まえた上でこのふたりを阿津賀志山へ出陣する部隊に入れたのは、他の誰でもない私だというのにその問いに対して、なにも答えることができなかった。今剣を引き剥がそうとする周囲を制止し、小さな身体をただただ抱きしめ、ごめんね、と繰り返すたったそれだけのことしかできなかった。ここまで自分の無力さを呪ったのは審神者になって初めてのことで、呪いはこれからも続くのだろう。

「よっ」
「鶴丸」
「ひと騒ぎあったと聞いたが、なにやら参ってるようだなぁ」
「あー聞いた?参っちゃうよ、ほんと。私なにも言えなかったの」

正しい歴史を守るために戦っていることは事実。それならば、正しい歴史とはなんだ。

「今剣みたいなことを思ってる男士は、きっと他にもいる。否定も肯定もしないで、謝ることしかできなくて……情けない主だよ」
「……なあ主。否定も肯定もできないのなら、無理にしなくていいさ。きみの、正直な気持ちを伝えたらどうだ?」

いつになく穏やかに笑った鶴丸。彼は好奇心旺盛で、いたずらばかりして、一見どこか危なっかしい印象だけれど、その本質は本丸内でも屈指の常識的感覚を持ち合わせている。こんなときの近侍が鶴丸でよかった。





翌日、大広間に全男士を集めた。昨日の騒ぎを知らない者はいない。私がなにについて口を開くのか、誰もがわかっているのだろう。何列にもなって並んで座り姿勢を正し、私が入室しても誰も微動だにせず、まっすぐな視線を向けたままの光景は圧巻だった。

「忙しいのに集まってくれてありがとう。さっそく本題だけど……私たちは歴史を守るために戦っている。歴史を変えては何故いけないのか。それについて私の気持ちを話します」

皆にとって元の主たちは、とても大切な存在だと思う。ありがたいことに、私も皆に大切にしてもらっているからよくわかるんだ。
出陣すれば、失った大切な人……元の主たちを助けられるかもしれない機会を得る。けれど、それをすることは決して許されない。遡行軍はその時代に何度も現れ、そのたびに大切な人を何度も見殺しにしなくてはいけない。
自分に置き換えてみたの。失った大切な人が、家族やあなたたちだとしたら。私も同じことを思う。なんとかして助けたいと思う。
正しい歴史を守るのが正しいことだとはわかっている。でもそこに大切な人が関われば、理屈だけでは割り切れない。頭ではわかっていても、心がついてこないから。
どうして歴史を変えてはいけない?
はっきり言うわ。私もわからない。ただ目の前の使命を、必死にこなしているだけ。こなすしかない。皆には、私だったら気がおかしくなるような、酷なことをさせてるんだって改めて実感してる。
勝手なことを言っているのはわかってる。それでも……力を貸してほしい。あなたたちの力が、必要なの。

「わかってくれ、なんて言わない。全部覚悟の上で話したわ。これが今の私の気持ち、すべて」

静寂が訪れる。視線は、誰ひとり揺らぐことなく私に向けられている。

「主や」
「はい」
「わからない、そう率直な気持ちを申すのは勇気がいることだな」
「ええ」
「誤魔化さず、嘘を吐かず、誠実で在ろうとするおまえが俺たちの主で良かった。みなそう思っているぞ」

三日月が言い終えると、整列した男士たちは一斉に両拳を畳に置き、深々と美しく、頭を下げた。
反論や批判を覚悟していたから、おもわず息を呑む。ただひとり、私の斜めうしろに控えていた近侍の鶴丸を見れば同じように頭を下げているのを見て、覚悟は別のものに変わった。

「ありがとう。これからもどうか……よろしくお願い致します」

両手を揃えて畳につけ、目を伏せた。
私が姿勢を戻しても、彼らはまだ直らないのを見てすっと立ち上がり先に広間を後にした。近侍である鶴丸が付いてくる。

「神様たちに頭下げさせちゃったよ」
「ははっ!いい驚きじゃないか」
「でも……正直に話して良かった。ありがとう鶴丸」
「なあに、俺は何もしちゃいない。きみの力だ」

結局私が出した答えは、根本的になにも解決していない。申し訳ないけれどこれからも傷を負ってくれ。ただそう言っているようなものだった。

「……私の行く末は地獄ね」
「お供するぜ、主」

うしろで軽快に笑う鶴丸に、ほんの少し、救われるような気がした。


どうせ堕ちるなら最奥まで。
もう堕ちることの無いように




thanks/邂逅と輪廻

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