仕事を終え、ひとり縁側でのんびりしていると野良猫が目の前を横切った。ぼうっと座ることに飽きていた私は、なにげなく後を追って本丸裏手への角を曲がる。するとそこには、気だるそうに壁に背をあずけ、空を仰いでいる堀川国広が。
シャツの胸元は上からボタン数個分はだけ、リボンは結ぶことなくただそこに垂れ下がっていていつものかっちりとした隙のない着こなしとは、まるで真逆。
なによりも驚いたのは、その唇に煙草を挟んでいたことだった。
視線を空から私にうつした彼は、ころっと雰囲気を変えていつものあどけない表情に変わる。

「あれ。主さんだ」
「あー……猫、追いかけて来たんだけど……見ちゃいけないもの、見ちゃった?」
「あはは、いいえ。特に隠してるわけではないので」
「そっか。まあ、隠してはなくともわざわざ人前で吸うものでもないしね」
「そういうことです」

近づいていくと、彼はくわえていたそれを指に挟み、腕を伸ばして煙を私から遠ざけるようにした。

「一本ちょうだい」
「主さんはダメです」
「いつ、私が非喫煙者なんて言った?」

得意げに笑ってみせる。
彼は大きな目をさらにまん丸くさせた。

「わーそういうことでしたか」
「そういうこと」
「まあ、隠してはなくともわざわざ人前で吸うものではないですしね」

わざと私と同じことを言ってにこりと笑い、ポケットから小箱を差し出してきた。ありがとう、と抜き取っているあいだにマッチに火をつけ、それも差し出してくる。私はまたお礼を述べてそこに顔を近づけた。

「仕事終わったんですか?」
「ん。今日の分はね。あーあ、私も短刀ちゃんたちと海行きたかったなあ」
「だから妙に本丸が静かなんだ」
「そっか、昨日から遠征行ってたんだよね」

ああ、海といえば。もしこの戦いが終わったら、刀たちはどうなるのだろう。元の場所に還るのか。だとすれば、彼は海の底。光も届かない場所で、じわりと錆び付いていくのはどれほどの孤独だろう。いつかそこに還るかもしれないという可能性を抱えて生活する毎日は、どんな気持ちだろうか。
彼がひとり、空を仰いで煙を燻らせるときは、自分の行く末を憂えているときなのかもしれない。
こわいだろうか、さみしいだろうか、かなしいだろうか。
いくら想像したところで私にわかるわけもなく、どうしてやることもできない。ただ憤りを感じる。そんなことをあれこれ考えても切りがなく、無意味だということはわかっているのに。

「ねえ主さん。たまにでいいから、またこうして二人でこっそり過ごしませんか?」

主さんを独り占めできるから、と屈託なく笑ったその瞳には、鮮やかな空の色。それがあまりにも綺麗で、儚くて、気持ちが溢れてどうしようもなくなった私は彼をつよく抱きしめた。

「…………主さん?」
「……国広は聡明で明るくて、どんなときもつらい素振りを見せないよね」
「……あはは。買い被りすぎですよ」
「それが逆に、つらさを隠してるように私には見えているのかもしれない。本当のところはわからないし、教えろなんて言わない。でもこれだけは言わせて」

悲しみから救えなくてごめん。なにもできなくてごめん。未来のことはわからない。それでも。

「絶対に忘れないでね。私は、今の国広も過去の国広も未来の国広も、あなたのぜんぶを、どんなときだって、心の底から愛してる」


いつか来る終わりの日にも、
あなたを愛して止まない私のまま


愛だけで癒せるようなものだとは思っていない。
それでも言葉にすることが、精一杯の術だと思った。




thanks/daresokare
愛しているというのは、惚れた腫れたのそれではなくもっと大きな意味での愛。




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