藤色の瞳に魅せられるようになったのは、いつからだったか。
戦地に送り出せば、ひとりで誉れをごっそり取って抜群の功績をおさめる。本丸では多くの刀剣をまとめあげるどころか近侍の仕事もそつなくこなし、私のお世話や雑務まで補佐してくれる、頼もしい存在。そんな彼を長い時間そばに置くことは自然な流れだった。
そしてその時間が、私に血迷った感情を持たせたのだ。

「……あ」
「主……」

静寂につつまれた本丸。廊下でばったり出くわした相手は、長谷部。

「……まさか今まで起きてたの?」
「いえ。喉が渇いてしまったので」
「あ、そう。長谷部のことだから仕事してたのかと思った」

平静を装いながら、いつも思う。なぜ私は、いわば同僚であり家族でもある彼にこんな浮ついた、浅はかな気持ちを抱いているのだろうかと。

「主こそどうされました?」
「おなじ。目が覚めたら喉が渇いちゃったから」
「昼間、主の私室の冷蔵庫には色々と補充しておいたのですが……ご不満でした?」
「ちがうちがう。夕食のあと、短刀ちゃんたちが遊びにきたからそれで切らしちゃって」
「そういうことでしたか。言ってくださればよかったのに」

私と長谷部のあいだにこうしたなにかが起きるたび、この胸の鼓動は速まり、同時にきゅっと締め付けられる感覚におそわれる。それはどうやっても叶わない、叶えてはいけない想いへの苦しさと、なんて馬鹿な女、なんて馬鹿な審神者だろう、と自責の念にかられる情けなさからくるものだとわかっていた。

「どうせだから、お酒にしちゃう?」

冷蔵庫ではなく戸棚を開け、一升瓶を掴む。長谷部は短いあきれ笑いをこぼしてすぐに「俺も共犯になりましょう」と口角をあげた。
大広間の端のほうにある円卓、目立たないようわずかな灯りをつけて陣取る。私と長谷部のあいだには一人分のあいだが空いていた。

「そういえば政府からの書状が、」
「はーせーべ」
「はい」
「こんな時間に仕事のことなんて考えなくていい」
「主が聞きたくないだけでは?」
「わかってるならやめて」

軽口を叩きあってちいさく笑う、些細だけれど幸せな時間。

「では、他の話をひとつ」
「うん。そっちのほうが聞きたい」

声を弾ませると、長谷部は私にお酌をしながらいつもとなにひとつ変わらない口調で、言葉を紡ぐ。

「最近、主が自分以外の刀と親しくしているところを見ると……どうにも胸が落ち着かなくなるんです」

あまりにも唐突な内容で、すぐには理解できなかったけれど。それまでの私の笑みは一瞬にして消えたと思う。

「この感情が何を意味するのかわからず、しばらく戸惑っていましたが……愛情だと知りました。この長谷部、主のことを心からお慕いしております」

長谷部を見ると、藤色はまっすぐ、つよく、私を捕らえていた。

「身勝手なのは承知の上。しかし、俺は主を独り占めしたい」

ぽつりと呟いた長谷部は、自嘲気味に目を伏せる。長いまつげがその瞳を隠してしまったけれど、それでもじゅうぶんに綺麗。ふだんは手袋で覆われているしなやかな指も、すこしはだけた胸元も、性格が表れたようなまっすぐな髪一本一本も、審神者と刀剣男士という関係でなければすべて、私というひとりの人間のものとして手に入れることができたのだろう。

「長谷部」
「……はい」
「長谷部が好きなのは私自身じゃない。主でいる私が、好きなだけ」

皮肉なことに私は、長谷部のおかげで平静を装うのは得意になっていた。

「お言葉ですが、そのようなことはありません……! 例え主がっ、」
「私だって未だに愛だの恋だのなんてわからないのに。人間一年生の、刀の長谷部にそんなのわかるはずないよ。ただの勘違い。その愛は、きっと忠誠の愛なんじゃないかな」
「主……」
「でもありがとう。私も仲間として、ここで共に生活をする家族として長谷部のことを慕ってるよ」

人間と、刀。実際に他本丸では刀剣と恋仲になる審神者も稀にいるらしいけれど、私にはできない。
人間は誰しも年老いていく。私はどんどん歳をとり、そしてきっと先に死ぬ。死ぬのだから、私については構わない。けれど遺されたほうは、どうなる?ただの主と刀の関係ならまだしも、親密な関係になんてなったら。深い思い出までできてしまったら。そんな刀を遺して逝くなんてあまりにも勝手で、酷な思いをさせてしまう。それがどうしても許せない。


「私はそろそろ部屋に戻るよ。長谷部は?」
「……部屋までお送りします」
「うん。ありがとう」

薄暗い廊下を、なにも言わずただ静かに進んでいく。
ごめんなさい長谷部。
自分の気持ちに嘘をつき、長谷部の気持ちを拒むことこそが優しさであり、償いだと私は信じている。あなたを想うからこそ、なのだと。

「きちんと布団をかけて寝てくださいね、主」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
「…………」
「……主?」
「……ちがうかたちで、出会いたかった、かな」

これは嘘じゃない。本心。
視線をあげると、私の気持ちも、なぜ自分を受け入れないのかも、すべてを察した藤色の瞳がそこにあった。
困ったように、悲しそうに、儚くほほ笑んだ長谷部。

「…………ええ。まったくです」


浅はかな純愛





thanks*レイラ



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