眠る気にもなれず、かといって他にしたいこともなく、部屋でひとり晩酌をしながら時間を持てあましていた。ふだんならこんな遅い時間でも飲んでいる次郎や日本号たち酒飲みは、あいにく遠征中。いまから誰かを誘ったり叩き起すのは気が引けるほど、本丸は静けさにつつまれていた。
部屋でひとりの状況にも飽き、変化を求めて縁側に出てみることに。ここ最近で日中の気温はぐっと下がり、夜風はすこし冷たいものになっていたけれど不快なほどではなく、そのまま腰を下ろす。見上げた先の、夜の闇に映える三日月は不気味なほど綺麗だった。月を眺めながら深夜にひとり静かに呑むなんて、この状況を歌仙が見たら「君でも風流なことをするんだね」と目を丸くさせるにちがいない。
「ぬしさま……?」
「うわ!」
突然の呼びかけにおどろきながら振り返ると、長襦袢姿の小狐丸が。
「び、びっくりした……! どうしたの」
「厠の帰りに気配を感じたので。ぬしさまこそこんな時間に……眠れないのですか?」
「……ああ、うん。けっこう長い時間昼寝しちゃったんだよね」
「ではこの小狐がお共いたしましょう」
おだやかに笑みながら、そばに寄ってきた。となりに座るものだと思っていたけれど私の背後で腰を下ろし、ふわりと手をまわしてくる。
「さすがに夜は冷えます故、ぬしさまが風邪を引かぬよう私がお守りします」
うしろから抱きしめられるかたちになった。
なにをふざけたことを……なんて咎めても、無駄だとわかっている。そして、風邪なんてものはただのこじつけで、自分の欲を満たしているだけだというのもわかっている。妖艶な見た目に似合わず、甘えたがりの小狐丸らしい。
首元にかかるやわらかい髪の感触に、しなやかな筋肉。高めの体温だったり、相手が誰であろうとこんな状況になれば多少なりとも心臓は速く波打つ。それをかき消すように、あーあ、とため息混じりにこぼして小狐丸の肩に頭をあずけた。
「……眠くなりましたか?」
「ねえ」
「なんでしょう」
「狙ってやってる? それとも無邪気なの?」
まともな答えが返ってくるとは思っていない。それでも、されるがままなのはどこか悔しくて。
「……はて、仰る意味がわかりませぬ」
すり、と頬を頭に撫で付けてくる感覚。この男はきっと満足そうに笑っている。
「おや。今夜は三日月ですか」
「そうみたい」
「ぬしさまは、どんな月がお好きですか? 満月、繊月、上弦や下弦、有明月、それとも……」
「三日月がいちばんすき」
「…………なるほど。こうまでしても、私を見てはくれぬのですね」
「ふふ、そう言うとおもった」
「ぬしさまは意地が悪い」
ふたりの夜に真実はいらない
thanks/寡黙