「おやじにお前さんの話をしたら、やっぱり憶えてた。会いたがってるから、よかったら顔見せてやってくれねェか」

タラップをのぼり終えるころにそう言われ、深く考えず了承したものの。いざ対面すると、大きな身体、鋭いまなざし、放たれているオーラに圧倒される。そもそも海の覇者、海賊王にもっとも近いと言われている白ひげに会うなんて、考えてみればそのへんの海賊ですらあり得ないことのはず。

「おやじ。連れてきたぜ」
「おォ……あのときの小娘か。でっかくなったなァ。もう落ちることはねェか? グラララ」
「あー……はは、さすがに無いですね。あのときは本当に、ありがとうございました」
「でも足滑らせることはあるよな」
「うるさい黙って」
「グラララ! 威勢がいいところは変わってねェなァ!」
「おもしれェだろ? 勧誘してんだけど、なびきやしねェ」
「はっ、諦めてなかったの!?」
「誰が諦めるなんて言った」
「グラララ! イゾウ、女に無理強いはするもんじゃァねェぞ」
「わーかってる」
「まァゆっくりしていきな嬢ちゃん」
「はい。ありがとうございます」

こっちがギャアギャア騒いでいても白ひげは豪快に笑い、その目には息子を想う親の色が宿っている。イゾウが言っていたように、このひとたちは本当に「家族」なんだと感じた。
部屋をあとにして案内されたのは、大食堂。大所帯ならではの、長テーブルと椅子がずらりと並んだそこも、白ひげほどではないけれど圧巻だ。

「おおーっやっと来たな! かっわいい子じゃねェかでかしたぞイゾウ!」

リーゼント、スカーフ、軟派、厨房らしきところから顔を覗かせた彼は、まちがいなく四番隊隊長・サッチだろう。

「テメェに献上するために連れてきたんじゃねェぞ」
「はいはい分かってるって。ささ、座って座って! あ、おれはサッチってんだ。よろしくなー!」

こちらも挨拶をすると、すぐに酒とつまみを持ってくると言ってまた厨房に消えてしまった。

「すぐ名前浮かんだろ」
「嫌というほどすり込まれたらね。それにしても、さすが白ひげ。めちゃくちゃ迫力あって目が合った瞬間、殺られるかも! って思った」
「ははっンな理不尽なことはしねェよ」
「それと体調、悪いでしょ。顔色が良くない。一時の体調不良って感じでもないし……腕に注射跡も見えた」

さらりと告げればイゾウは言葉に詰まり、険しい表情になる。それを見て、しまったと感じた。よくよく考えれば白ひげの健康状態なんて、トップシークレットに値することだろう。出すぎた真似だった。

「おま「あーごめ……職業柄気になってつい口に出ちゃった……! 余計なお世話だった、ごめんね。口外するつもりはないから安心して」

慌てて取り繕えば、スパイ疑惑が再浮上した、と冗談が飛んできたので安堵した。
サッチが持ってきた料理を食べながら、注文どおりの最高に美味しいお酒を嗜むけれど。ふたりきりでそうしていたのなんて、ほんの十分か十五分。
ひと仕事終えたサッチが加わり、見知らぬ女が来てるとうわさが広まったのか、隊員たちや一番隊隊長のマルコ(想像以上に語尾に笑った)、通りすがりのナースたち(とびきりの美女!)が声をかけてきたり、にぎやかな時間。
話してくれた島での冒険や、戦闘や船上生活など私にとって別世界の出来事は、どれも創作物語のようなロマンにあふれていて、つい魅了されてしまう。
話をする彼らの表情が実に楽しげで、無邪気で。少年のように輝いていたから。

イゾウがひとつの提案してきたのは、人が散り、サッチが厨房に氷を取りに行ったときのことだった。

「そろそろ日没が近いな。甲板に出てみるか?」
「ん。出てみたいかも。あーでもサッチが、」
「あいつはいいよ。行くぞ」

日の入りが遅いことで有名なこの島。少し歩いて目的の場所に着くと、壮大な景色が私たちを取り囲んでいた。世界はとてつもなく広いのだと当たり前のことを改めて感じる。

「なァ。この船に乗ってくれよ」
「雰囲気で落とす作戦か」
「やってみる価値はある」

いたずらな笑顔を見たら、あきれ笑いがこぼれてしまった。

「まったく……。じゃあこの際聞くけど、なんで私なの? この島には大病院があるんだし、そこ行って適当に勧誘してくればいいじゃん」
「おやじと縁がある、度胸がある、おもしれェ、お前さんじゃなきゃ嫌だ」
「はぁ……もうなにそれ。私が腕のないポンコツだったらどうすんの」
「そう、問題はそこだ。腕がなかったら使いモンにならねェ」
「そうだよ」
「そこで、元の勤め先に行って調べさせてもらった」
「はっ!?」
「驚いたよ。まさかナースじゃなかったとはな。なんで嘘ついた?」
「……べつに。見ず知らずの海賊に、丁寧に事実を言う必要はないと思っただけ」
「ははっ、それもそうだな」

こわいくらいに赤い夕陽が、海面を染めている。
手すりに背中をあずけ、煙管を手にする横顔もこわいくらいに美しくて目が離せない。

「その歳で腕のある医者だなんて、たいしたもんだ」
「……どーも」
「まァ最初は人手が足りないってのはあったけどな。今となっちゃお前さんが医者だろうが絵描きだろうがなんでもかまわねェ。ましてやおやじの調子が悪いから、どうにか助けてほしくてしつこく誘ってるわけでもねェ」
「ん、わかってる」
「だいぶ気に入っちまったのか、おれが、おまえがいいんだ。おれのために乗ってくれよ。ナマエじゃなきゃ嫌だ」

初めて名前で呼ばれた。
誤解してしまいそうになる言葉とともに、困ったように笑うイゾウを見て心臓がおおきく跳ねる。
返す言葉なんてなにも出てきやしないけれど、視線は逸らせない。切れ長の艶っぽい瞳が私の奥底を見抜くように捕えて、離すことを許さないからだ。

はっきり言って、誰かに必要とされることには慣れている。
これまで多くのひとが私を求めてきた。でもそれはこの腕と知識と経験であり、私自身が必要とされたことなんて一度もない。それを、私自身が必要だと言ってくれることが純粋に嬉しかった。

この背中についていったらどんな日々が待っているんだろう、なんて考えが頭をよぎったというのに、イゾウはそれ以来またなにも言わなくなった。


to be continued.
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