花形人参

 自身が守護する磨羯宮。居住スペースの一角であるバスルームからは鼻歌が聞こえてくる。今や其々の宮の勝手知ったる魚座が紡ぐのは旋律のみで、それ故にシュラにはこれが何の歌かは分からなかった。歌とは随分無縁の生き方をしてきたのもある。音楽自体に興味が無い訳ではないが、今更という気もして、何と無く音楽や歌とは疎遠のままだ。
 ただアフロディーテが歌っている歌自体は良いものだと思う。幾ら疎い自身でも良いものは良いと、それだけは胸を張って言える。
 機嫌が良いのか、アフロディーテの鼻歌は風呂から上がっても続いていた。相変わらずろくに髪の毛をタオルドライしないせいで、シアンの髪からぽたぽたと伝い落ちた水分が、床のあちこちに雨を降らす。
「あぁ、お帰りシュラ。」
 我が物顔でリビングからキッチンにやって来たアフロディーテをシュラは小突く。何をするのだ!?とピラニアは噛み付く。理由は先程の髪を濡らしたまま歩いたことに対するものだ。
「此処は俺の宮だ。ルールにはちゃんと従って貰わねば困る。」
「何を今更。」
「"親しき仲にも礼儀あり"だぞ?」
「だから今更過ぎると言っているのだよ。」
 確かに今更と言えるぐらいに長く付き合って来ている。しかしそれとこれとは話が別である。説教を垂れようかとしたが、アフロディーテは興味は既にシュラが作っている夕食に向けられていた。
「ふぅん?シチューか。」
「摘まみ食いするなよ。」
「デスマスクと一緒にするな。」
 人の料理には必ずと言って良いほど味見と称した摘まみ食いをして注文を着けてくる蟹座の幼馴染み。抗議の言葉を言うアフロディーテも、然り気無くデスマスクと共に摘まみ食いをしていることをシュラは知っている。これを言うのも今更なのかもしれない。
 くつくつと煮立っているシチューをアフロディーテがお玉で混ぜる。先程の鼻歌を紡ぎながら。なんの歌なのかシュラが問い掛けようと口を開く。が、しかしアフロディーテが何かを発見したらしく、ピタリとその動きも鼻歌も止まってしまった。
「…人参。」
「人参がどうし…あぁ、飾り切りのことか?」
 日本の和食料理の趣向に飾り切りという技法があることはアフロディーテも知っている。しかし問題はそこでは無かった。問題は飾り切りの内容である。
「なんで薔薇?」
 掬い上げられたお玉の中には見事としか言い様の無いほど、本当に見事な薔薇の花の形に切られた人参があった。
「梅とか日本らしいものは一通り作ったのでな、何か難しいもの…と考えて包丁を入れたらそれが出来てた。」
「何をどう考えて、どう切ったらこんなのになるんだい? 全く相変わらず君はクソ真面目だな。」
 しかも変なところで。と付け加えられてしまった。自分では中々良く出来たと思っている。それでもまだ改善の余地があると呟くと、アフロディーテはため息をついて仕方無い山羊め、と困った様に笑っていた。

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なんてことない日(非番)の山羊魚。

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