解語花

 薔薇達がにわかに騒ぎ出す。敵襲ではない。この騒ぎ方は客人が来た時のざわめき方で、何度も聖域に訪れた事がある……。
 双魚宮へ至る道。野に咲く小さな白花がアフロディーテに囁く。

***

「お邪魔します。」
 瞬は今日十二回目の挨拶をして双魚宮の中を歩き出した。
 教皇宮にいる沙織……もといアテナからの用事を済ませる為に、瞬達五人の青銅聖闘士は聖域にやって来たのだが……。
 星矢は獅子宮を通る時にアイオリアとアイオロスを見付け、稽古を付けて貰うと言い離脱。
 氷河は言わずもがな宝瓶宮のカミュの元に。
 紫龍は磨羯宮でシュラが自主鍛練と称しデスマスクと組手をしていたところを見付け、是非今後の為にと残り、兄の一輝は何時の間にか隣に立っていたシャカに引き摺られて行ってしまった。恐らく、というか処女宮に連れて行かれたのだろう。
 そんなこんなでアテナへのお使いは瞬が果たすしか無くなったのである。久し振りに黄金聖闘士に会うのだ。楽しみじゃない人間が何処にいようか。
そして自分もここ、双魚宮の主に会うことが楽しみで仕方無かった。


 魔宮薔薇が咲き誇る庭園。其処の一角に設けられた白いテーブルとガーデンチェアに座る人は、風に水色の巻き毛を遊ばせていた。
「アフロディーテ!」
 瞬に呼び掛けられて、アフロディーテはふるりと長い睫毛を揺らし、閉じていた瞳を開く。
「もしかして眠ってたの?」
 シエスタの邪魔したのかと思った瞬はアフロディーテに謝罪するが、彼はそうじゃないと弁明する。
「聖域に咲く花達の声を聞いていたのだよ。」
「聖域ってもしかして聖域に咲く花全部の?」
 ああ。とアフロディーテは頷いた。
 聖域にはこの庭園の魔宮薔薇以外にも自然がある。処女宮の裏にある沙羅双樹や、アテナのオリーブの樹。それ以外にも大小様々な自然が残されている。
「花の声ってどんな声がするの?」
「色々だよ。」
「あ、その言い方は教える気ないでしょう。」
 教えてとすがり、頬を膨らませて言う少年を、アフロディーテは先ずは座りなさいと空いている椅子に座る様に促す。
「有難う。でも先に沙織お嬢さ…じゃないアテナのお使いを済ませてから、寄らせて貰います。」
「…そうか。君も大変だなアンドロメダ。他の青銅の子らはアテナのお使いをほっぽいて黄金聖闘士達と稽古をしたり、話し込んだり…。…ああ、フェニックスは拉致されたと言ったほうが正しいか。」
「…えっどうしてそれを!?」
 心底驚いた表情を浮かべる瞬を見て、アフロディーテは愉快そうに笑った。
「聞いていたからな。」
「…あっ!さっき言っていた花から?」
「さあ、アテナのお使いを済ませておいで。」
 その間に美味しい紅茶とお菓子を用意しておくよ、と言い残して、アフロディーテは双魚宮に戻っていった。
「あっアフロディーテ!……行っちゃった。」
 本当に教えてくれるだろうか。あの人は、中々本心を見せない人だから。過去の遺恨と因縁を越えて、お互いの信じるものや色々なことを語るだけ語って。
 星矢達に比べで自分はかなり時間が掛かった。だけど時間を掛けた分、こうやって分かり合うことが出来た。
そしてこんな風にアフロディーテと他愛ないことを話して、お茶に誘われて一緒に過ごす……。
 平和になった世界に改めて瞬はこの世界を護る為に戦った全てに感謝と敬愛の念を送る。
 薔薇たちが瞬の思いに答えたかのようにさわさわと揺れた。


「まだいたのかいアンドロメダ?」
「うわあっ!?ごめんなさい!直ぐにアテナのところに行って来ます!」
 アフロディーテの呼び掛けに瞬は、驚きと共に謎の羞恥心に駆られて、慌てて教皇宮への道を走り出した。
「別に怒ったつもりはなかったのだが…。まあ良いか。」
("他の青銅聖闘士がもうすぐ来るよ。")
「…そうか。なら菓子は沢山用意したほうが良さそうだな。」
 さわさわとざわめく薔薇。今日は随分落ち着きが無い様に見えた。
("蟹座と山羊座も来るよ")
「今日は賑やかになりそうだな。」
 疲れた後は甘いものだ!とアフタヌーンティーを集りにくる幼馴染み二人の顔を思い浮かべつつ、アフロディーテは側にあった薔薇の花弁を撫でる。
そしてざわめき止まぬ薔薇の中、追加のお菓子とティーカップを取りに双魚宮へと戻っていった。



うちの青銅くん達と黄金のお兄さん達は仲良しです。平和ですから(笑)←

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