レンズ

 地面に点々と落ちる血液にムウは端整な顔をしかめる。聖衣の修復に遣われる、血なんて見慣れている筈なのにどうしてこんなにも嫌悪感を抱くのだろう。
考える間でもない。答えは簡単だった。大切な仲間が傷付いた証だからだ。
 ムウから手当てを受けているアフロディーテの表情は変わらない。黄金聖衣越しに肉を斬った程だ。痛みがない訳がない。それでもアフロディーテはただ黙って、傷口にヒーリングの小宇宙を注ぐムウをぼんやり見ていた。
「…これで良いでしょう。指先動かしてみて下さい。」
 痺れや違和感が無いか、動きに問題が無いか確認する。握ったり開いたりを数回繰り返するが何処も問題は無さそうだった。
 無心にぐーぱーぐーぱーを繰り返すアフロディーテに、ムウは口を開く。
「先陣を駆けるのは構いませんが…もう少し自重して下さい。」
 魚座の毒薔薇は不意打ち……どちらかと云えば暗殺に向いている。先手或いは敵の裏を掻くことが出来れば大概の勝利は確実なものとなる。しかしアフロディーテが先陣を駆ける理由はそれだけでは無いということを、ムウは前の聖戦の時に理解している。いるのだが、それでも相変わらずアフロディーテの腹の内は見えない。
「そうだな…一度私と君の位置が入れ換わってみたら、解るかもしれないね。」
 守護宮を変えるだけで、簡単に解ることだろうか。しかし我等の距離は始まりの白羊宮と、終わりの双魚宮で一番遠い。隣合っている筈なのに遠いのだ。
「ムウ?」
「こんなに近くにいるのに…私は未だに…アフロディーテ貴方が分かりません。」
「私もさ。私も君のこと分からないよ。」
 誰も心の内は分からない。他人は愚か、自分でさえ分からなくなる。心とは儘ならないものなのだ。
「だからこうして少しでも理解しようとしているんだろう?」

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近くて遠い羊と魚。

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