暗に 辛気臭い場所だと思ったのが第一印象。表向きは善良な微生物研究所であるが、その中では各地で拐った子どもを被験者にえげつない実験を繰り返しているらしい。そしてその最終目的に世界各国にてバイオテロを画策するくらいだ、第一印象は最悪なぐらいが丁度良い。そのほうが変に気負わなくて良いし、殺りやすい。粛清任務の印象が最高でも人としての道徳を疑われるか……。 「今更だな。」 弱い癖に。お前らに世界を転覆させる程の力が有るわけがない。 そう。力こそ正義だ。弱い奴は必要ない。弱い奴は黙って強い奴に従えば良い。それが嫌ならば死有るのみだ。 微生物研究所に侵入してきた黄金に、研究員を始めとした人間達は慌てふためくが時既に遅し。何処からか出てきたのか黒い霧があっという間に部屋中に満ちる。断末魔をあげる間もなく、一人また一人と研究員は地に伏せていった。 人指し指に集めていた小宇宙を解いて、今しがた積尸気に送った研究員らを一人一人蹴り起こして顔を確認していく。その内の一人を見付けると、デスマスクはニヤリと笑った。運が良かった。この研究所を預かる所長も無事に粛清し積尸気に送れた様だ。打ち漏らしました、なんて己の矜持にかけて許される訳がない。そう、腐っても自分は黄金聖闘士なのだ。 「…後は、あいつらか。」 研究員にしたのと同じく、被験者達も同じく積尸気冥界波で黄泉比良坂へ送ってやった。 これでこの研究所に残るのは微生物のみ。 「しっかし、研究所破壊なんて簡単に言ってくれるよなぁ…あいつ。」 黒いサガを脳裏に掠めながらデスマスクは舌打つ。 デスマスクが受けた任務は二つ。微生物研究所の研究員並びにその実験の被験者を一人残らず抹殺すること。そして微生物を一つ残さず破棄する為に研究所を破壊することだった。 人間を葬ることは得意だが、研究所一戸を破壊するのに蟹座の技は長けていない。かと言って下手に破壊すればバイオテロ用に培養していたものが飛散してしまう。この近辺はまさに悲惨な状態になるだろう。 「…何しに来やがった?」 どうしたもんかと頭を悩ましていたデスマスクの鼻腔に届く薔薇の香り。白いマントを翻し黄金に輝く聖衣がカシャンと床を叩きながら、魚座は蟹座の隣に並び立つ。 「随分苦戦している様だな。」 「何しに来やがったって聞いてるんだ。」 「君の援護に来たのだよ。微生物の破棄に苦戦するだろうと思ってね。」 そしたら案の定苦戦していたとアフロディーテは笑う。 「…あいつに言われたのか?」 「いやあの人に進言して出てきた。」 「へぇ?…良く許可したな。」 「任務は完遂して然りだからね。」 後は私に任せろとアフロディーテは厳重に微生物が収められた奥の部屋へと入っていく。 願ってもないアフロディーテの援護にデスマスクは内心ほっとしていた。毒を扱う魚座にとって微生物の扱いはその延長線である。アフロディーテに任せておけば確実に始末するだろう。扱いが分からない自分がするより余程良い。 ものの数分で微生物を破棄してきたと、アフロディーテが再度デスマスクに向かい合う。 「君は先に戻っていても良い。」 「あ?何でだよ?」 「これだけの人を黄泉比良坂に送ったんだ。小宇宙にも乱れが出てる。」 「心配してくれてんのか?」 「茶化すな。…心配しているのだから。」 痛々しそうに歪むアフロディーテの表情。お前が痛い訳じゃないのに……なんでお前がそんな表情をするんだろう。 「…そんな顔すんじゃねぇよ。」 くしゃり、と青い髪の毛を撫でると、デスマスクは研究所を後にした。 いつだってあいつは…アフロディーテは他人の為に尽力する奴だ。大切なものを護る為なら何だってする。自己犠牲なんてくそったれのすることだ。だけど、アフロディーテが誰かの為に身を粉にしている姿を、ただの自己犠牲だと切り捨てられなかった。 少し離れた位置から研究所が爆発していく様をぼんやりと眺めていると、仕事を終えたアフロディーテが傍にいた。 「デスマスク。」 「分かってるっつの。」 「まだ何も言ってない。」 「分かるよ。ガキの頃からの付き合いだ。別に葬った奴等のこと引き摺ってねぇし、ちゃんと休むし…。」 「…………。」 「だから、俺の為にそんな顔すんな。」 「君は、どうしてそうやって…。」 「大切…だからよ。」 何、言ってるんだろうな…俺。 「私も君のこと……大事なんだ…。」 「…知ってる。」 「だったら…!」 「あーだからっ何度も言わせんな!てめぇのこと好きだから!大事にしたいって思うの当たり前じゃねぇか!?」 「…ッ。」 本当。何言ってんだろう。 こんな死臭と、物と人の焼ける臭いがする場所で。何、意地張りあってんだろうなお互い。 「…取り敢えず戻るぞ。」 騒ぎを聞き付けた人がそろそろ集まる頃だ。見付かる前に聖域に帰還しなくてはならない。聖闘士は決して表舞台に立ってはならないのだから。 「デスマスク。」 「帰ってから聞く。」 「今すぐ聞いて欲しい。」 「…何だよ。」 「私も君のことが…好き…だから…。」 「知ってる。つか…知ってた。」 「…うん。」 「今度こそ、帰るぞ。」 「…うん。」 そうか。アフロディーテのことが大切だから、こいつにそんな表情させたく無くて。アフロディーテも同じ思いだから、こんなに言ってくるんだよな。 (あったけぇな…。) いつの間にか繋いでいたアフロディーテの手の温もりを感じながら、デスマスクは積尸気への道を開いた。 ―――――――――――― 13年間の間の話。 シリアスなんだか暗いんだか甘いんだか…← |