トライアングル

 教皇の宮より降りてきたデスマスクは、何時もと同じく双魚宮に足を踏み入れ……様として止めた。
 アフロディーテが管理する魔宮薔薇の庭園に水色の巻き毛を見付けたからだ。
「よう、折角の美貌が泥まみれだな。」
 鮮やかな真紅の薔薇の海にいたアフロディーテは、顔を上げデスマスクへと視線を向けた。良く見れば顔以外にもあちこち土や泥が着いており、まるで、泥だらけになるまで遊んだ子どもの時みたいだった。随分と夢中になって、薔薇の面倒を見てたらしい。
「デスマスク、君執務は?」
「あー抜けてきた。」
「嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。」
 横槍を入れて来たのはシュラだった。デスマスクの今日の執務は聖域近郊の偵察で、先程その結果を報告する為に帰って来たのだ。
 シュラはと言うと今日は非番。アフロディーテと休憩するつもりで煎れて来たのだろう、コーヒーを入れたマグカップを片手に器用に二つ持ちながら庭園にやってきた。
「おいシュラ俺の分は?」
「有るわけないだろう。自分で煎れてこい。ほらアフロディーテお前もいい加減休め。」
「ああ。もう少し…。」
 漸く上げた顔がまた薔薇達に向けられてしまった。
「ありゃあまだ暫く掛かるな。」
「あっ!おいこら勝手に飲むな。」
 アフロディーテ用に煎れてきたコーヒーをぶん取ってデスマスクはそれを飲み出す。今日のはまた随分と甘い。砂糖入れすぎだと愚痴ると、疲れには良いからと返された。それにしても多すぎな感じが否めない。
 この甘党がよ、と文句を言いながらも甘いコーヒーを飲み続けるデスマスクと、赤い薔薇の中で管理に熱心過ぎて水色の巻き毛を解れさせるアフロディーテの二人を交互に見つめると、シュラは溜め息を溢した。
「あ、明日から俺ちょっと巨蟹宮開けるから。」
「勅命か?」
「そんなんじゃねぇよ。有給取ったんだよ有給。」
「ほう珍しいな……イタリアに帰るのか?」
「違えよ。……ちょっと、アスガルドに、な…。」
 そこまで言うとデスマスクは急に黙り出す。
 先だってのアスガルドの地にて起こった事象の内の一つをアフロディーテから聞く機会があった。
 デスマスクとアフロディーテは割りと二人近くの場所に甦った。甦った近くで運良く街があり、そこでヘレナという一人の少女に出会った。そして彼女のお陰でデスマスクは大切なものの為に拳を奮う、新たな護る為の正義を見出だしたのだと。
 いつもは悪態をついて人を食ったような態度を取っているが、アスガルドでの事が終わった時のデスマスクの雰囲気が穏やかなことにシュラは少し戸惑ってしまった。他の黄金聖闘士も同じ様に驚いていたと思い出す。
「あああああ甘いッ!!…ん?なんだよジロジロ見やがって?」
「…いや何でもない。それで聖域を発つんだ?」
「今日中に出て、明日戻ってくる予定。」
「そうか。」
 すっかり温くなってしまったマグカップの中のコーヒーをシュラは飲み干す。デスマスクも飲み終えた様で、マグカップをシュラに押し付けると伸びをして庭園を出て行く。かったるそうに見えて、でも彼の纏う雰囲気はこれから行くアスガルドへ赴くということから嬉々として見えた。


「デスマスク!」
 呼び止めたのはアフロディーテだった。
「あん?」
「私からの餞別だ。」
 渡されたのは一輪の薔薇。先程から面倒を見ていた真紅の薔薇ではなく、可愛らしいピンク色の薔薇だ。
「聞いてたのか?」
「あの様に大きい声で話しておきながら聞こえない訳無いだろう。」
 肩を竦めながらアフロディーテは悪態をつく。別に隠す様なことでもなかったし、特別デスマスクは何も言わなかった。事情を知っているアフロディーテが相手だからか、デスマスクは複雑そうな表情をしていた。
「なんという顔しているんだ君は。」
「煩え元々こういう顔だよ、俺は。」
 また悪態をつく。人は時間を要すれば要するほど、変われなくなる。たが、デスマスクみたく一人の少女のお陰で変われることをアフロディーテは知っていた。
「早く行きたまえ。彼女や他の人も待っているのだろう」
「…ああ。行ってくるわ。薔薇、有難うな。」
「うん、行ってこい。」
 軽くデスマスクの背中を叩くと、彼は双魚宮の階段を駆け降りていった。
「…行ったか。」
「本当、手の掛かる子だなデスマスクは。」
「お前も大概だぞアフロディーテ。」
「何を言う、これくらい平気……ぅわあっ!?」
「…何処が平気なんだ何処が。」
 シュラはアフロディーテを肩に担ぐと、直に彼の小宇宙を感じ取る。彼が気にかけていた通り、アフロディーテは魔宮薔薇の管理と維持の影響で小宇宙を著しく消耗していた。休憩もろくに取らず午前からずっと作業をしていたせいもある。シュラの眉間の皺がまた増える。
「下ろせシュラ!こんなところ誰かに見られたらどうする!?」
「良いからお前は黙ってろ。」
 自分のことより常に他人を労る幼馴染みは、耳元でぎゃいぎゃい騒いでじたばたと暴れている。
「アフロディーテ。前々から言おうと思っていたが、お前はもっと自分のことを労れ。」
 シュラの言葉にあれだけ騒いでいたアフロディーテはぴたりと動きを止めた。
「お前を否定する気はない。だがなデスマスクだって変われたんだ。俺やサガだって……。」
「分かっているよ。」

 "でも、私は変わらないよ。"

「勿論良い意味でね。」
「本当、仕方無い奴だな…。」
 含み笑いを浮かべるアフロディーテに、シュラは今日何回目かも分からない溜め息。
 急に肩に担いだアフロディーテが重たくなる。
「ほら見ろ言わんこっちゃない。」
「……誰にも言うなよ。」
「言わないさ。ただ小宇宙でバレるだろうな。」
 きっとこのアフロディーテの小宇宙を感じ取ったサガが後で飛んで来るだろう。もしかしたら他の黄金聖闘士も顔を出すかもしれない。
「それはちょっと…不味いかな。」
「誰も迷惑だなんて思わないさ。」
 そう言うと、アフロディーテは何か言いたげに口を開いたがそれきり口を閉ざしてしまった。喋ることにも疲れを感じてしまったらしい。ものの数秒で眠りに落ちてしまったアフロディーテを担ぎ直すとシュラは双魚宮へと歩いて行く。
 泥だらけのままでベッドに寝かせる訳にはいかないので、先ずは風呂に入れてやらなければならない。
 シュラは魔宮薔薇の庭園の方向へ振り返る。そこはアフロディーテの気持ちが届いた薔薇達が見事に咲き誇っていた。



黄金魂お疲れ様でした記念。

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