リュクトグッペ 北欧の地域にて、季節外れの鬼火が現れ騒動となっている……。と、聖域に報せを持って来たのは冥界三巨頭が一人、天貴星グリフォンのミーノスだった。 「ヴァルプルギスの夜の時期なら、この量の鬼火が出ても大した問題では無いんですけどね。」 ヴァルプルギスの夜……北欧の地域に残る祭事の一つで、4月30日から5月1日に掛けて春の到来を祝う祭りである。此れから向かう任務地スウェーデンでは夏至祭等の大きな祝日の一つ当たるものだ。先の時間帯の夜は、生者と死者との境界が曖昧になると言われており、生者から死者と無秩序な魂を追い払う為に篝火を焚いてメーデーを迎える……という日である。 残念ながら今回ミーノスと共に鬼火騒動の任務に当たるアフロディーテにはヴァルプルギスの夜を過ごしたという記憶が無い。今はそんなことどうでも良いかと、アフロディーテはミーノスから受け取った書類に目を通す。 「冥界に来る筈の魂が消失……か。」 「えぇ、それもごっそりと。」 第一獄で裁きの舘を仕切るミーノスとしては、裁く筈の死者の魂が消失するのは見過ごせない事案であった。何れは転生を迎える魂までも消失したのであれば生者と死者のバランスが崩れる事は明白。死後の世界を束ねる冥界としても、地上を護る聖域にしても、このまま放置すればいずれは双方共に悪影響を及ぼしかねない。 そんな最中、北欧の地にて鬼火騒動が持ち上がったのだ。因果関係は定かでは無かったが、魂が消失した直ぐに鬼火が現れたとなれば少なからず何かが関係していると考えたのだ。主たる冥王ハーデスに報告した後、ミーノスは直ちに地上の聖域へと向かった。その時に教皇宮で執務をしていた魚座のアフロディーテが、報告を聞いたアテナと教皇シオンより直々に勅命を請けたのだった。 そして二人は魂消失並びに鬼火騒動解決の為に北欧スウェーデンにいる。 カフェテラスにて此れからのことを密談していたアフロディーテとミーノスの元に、アフロディーテが連れてきた白銀聖闘士・地獄の番犬座のダンテがやってきた。内容が内容なだけに街に馴染む様に三人とも私服である為、下手なことをしなければ待ち合わせに遅れた人に見えるだろう。 「どうだった?」 「やっぱりこの辺りが一番鬼火が確認されてますね。偶々写メ撮れたんすけど…これが目撃されている鬼火です。」 ダンテが見せてきたスマホには青白い鬼火がぼんやりと映っていた。積尸気に通じる腐れ縁の幼馴染みが操る鬼火と同じに見えるが…。 「君はどう見る?」 「写メだとなんとも言えませんね。やはり実物を見てみないと…。」 ミーノスもまた判断しかねるとスマホをダンテへと返した。 黄金聖闘士・魚座のアフロディーテと冥界三巨頭・天貴星グリフォンのミーノスという白銀聖闘士から見れば凄まじい絵図に、ダンテは何処と無く居心地が悪そうだった。いや他の白銀聖闘士でも同じだっただろう。 これがあの青銅聖闘士達なら何も臆さずに二人と会話をするのだろうな…と、半ば無理矢理現実放棄をしていた。すると新しい客としてダンテの姿を確認したカフェのウェイトレスが「ご注文は?」と愛くるしい笑みを携えて来た。ダンテの意識は一気に現実に引き戻らされる。取り敢えず自分の分のコーヒーとアフロディーテとミーノスの冷めてしまった飲み物を新しく入れ直して欲しいと注文する。出来る男は然り気無くやるものである。 「昼間出来ることは限られる。ここは大人しく夜になるまで待つほうが良いだろうな。」 「同感ですね。下手に行動して相手に知られては台無しですから。」 「と、いう訳だダンテ。」 「はい!?」 突然名前を呼ばれてダンテは声が裏返る。 「内偵ご苦労。暫くは此処でゆっくりお茶をすると良い。」 「は、はぁ…。」 アフロディーテはダンテへ微笑む。なんてことはない普通の笑みだが、ダンテからすればその笑みは凄まじいもので自然と頬が熱くなった。 「…成る程これは質が悪い。」 「何がだい?」 「あぁしかも無意識ですか。それならば益々質が悪い。そうでしょうケルベロス?」 「はっ!あっ、ぇっと…いや、その…大丈夫、です…。」 「?」 その後にミーノスが三人分追加注文して食べたドルチェの味を、ダンテだけは残念ながら覚えてはいなかった。 *** その日の深夜……人々が寝静まった街には、あちらこちらに青白い鬼火が浮かんでは消えるを繰り返していた。 夜より深い闇色の冥衣を纏ったミーノスは、眼下に鬼火を捉えながら石造りの建物の上に静かに立つ。 「一つ、引っ掛けてみますか…。」 ミーノスが指先に小宇宙を集中させると一本の糸が形成されていく。ピッと指し示した指先の糸が鬼火に当たる。当たった感覚から消失した魂とは違うものだと分かった。念の為に広範囲に浮かぶ鬼火を同じく小宇宙で形成した糸でぶつけていくが、何れも同じ感覚だった。 「関係無い筈は…無いんですがね…。」 メイズ色のミーノスの瞳が鬼火を見下ろす。その数はどんどんと増えていく様だ。まるで何かを隠すかの様に。 「…まさかこれ全てが…フェイク?」 増え続けるこの鬼火は、何かを隠す為のものだとしたら…? 「…アフロディーテ。」 「"何かあったかい?"」 「周囲の鬼火は全てフェイクです。中央の広場、噴水の近くに一番鬼火が集まっています。其処に向かって下さい。私も直ぐそちらに行きます。」 ―――――……。 宵闇を切り裂く黄金の聖衣。ミーノスが高台に上がり街を見下ろす中、アフロディーテは陰に隠れて街中を調査していた。昼間ダンテとは別に街を歩いた時に、街に生える植物達を把握しその植物達と小宇宙を繋いで鬼火騒動の原因を探していた。しかし残念ながらこれといった原因が見つけられなかったのだが。 そんな中でミーノスからの小宇宙通信。アフロディーテはミーノスが言った広場の方へ向かい街中を駆け抜けていく。広場に近付けば近付く程、確かに鬼火の量が増えていく様だ。 「此はまた随分と…。」 広場には夥しい程の鬼火が揺らめいている。一瞬幻想的に見えたそれは、反転し危険なものであるとアフロディーテに警鐘を鳴らす。 「…ピラニアンローズ!」 黒薔薇の牙がアフロディーテの周囲に浮かぶ鬼火を内側から外側へ一瞬で消えていく。そんな中で一つだけ、手応えが違った。直感であの鬼火が本体だと分かる。 「ミーノスあれだ!」 「…コズミック・マリオネーションッ!!」 夜空を駆けるグリフォンの翼。その指先から小宇宙の糸が一際大きな鬼火を包み込み、鬼火を捕らえた。不定形であるはずの鬼火がミーノスの糸によってギシリ…と音がするほど軋む。 「捕まえましたよ。」 ミーノスの言葉に観念したのか鬼火に擬態していた少年が地面にぺたりと座り込んだ。 「さて説明して貰おうか?冥界より魂を引き戻し、何をしようとしていたんだい?」 黄金聖闘士と冥界三巨頭に見下ろされて鬼火の少年は萎縮したまま、それでも目的を達成する為の強い意思があるのか口を噤んだままだ。 「やれやれ、あくまでも黙秘を貫きますか…。」 「此処は私に任せてくれないか?」 「…何か手が?」 「まあ、ね。」 アフロディーテは左手に小宇宙を集中させると真紅の色が美しい薔薇を形成する。 「少し離れていてくれ。」 コズミック・マリオネーションで少年を囚えたままミーノスは少年から距離を開ける。 「…最終通達だ。死者の魂を用い何をしようとした?」 「……話すことは無い。」 「そうか。それならそれで結構。こちらも遠慮しなくて済む。」 少年の身体に赤い薔薇が突き刺さる。何時かアスガルドの地にて神闘士の一人ニーズヘッグのファフナーに行った時の様に、アフロディーテは少年の中枢神経から情報を引き出す。 何かを掴んだ様子のアフロディーテをミーノスは静かに見ていた。 「冥界に行く筈の死者の魂はあの教会の主が全て喰らったそうだ。」 アフロディーテが指し示す先にはこじんまりした教会があった。厳かな雰囲気を湛えた其処は、人々の信仰を確かに集めていたのだろう。しかし今の教会は禍々しいとしか言いようがない程に小宇宙が淀んでいた。 「では行きましょうか。」 「いや、地上を守ることは聖闘士たる私の役目だ。君は先に冥界に戻ってくれて構わない。」 少年は気絶した様でピクリとも動かない。そんな少年を見下ろしながらミーノスは口を開く。 「…以前の私なら、その言葉に甘えて帰っていたかもしれませんね。」 三界の主神達により結ばれた三界平和協定の手前、中途半端なこの状態で撤退を選択することは何故か今のミーノスには憚られた。 「折角ですから最後まで付き合いますよ。」 ミーノスはそう言うと、アフロディーテと共に不浄な小宇宙で淀んだ教会へと向かって行った。 魂を喰らい復活の途中だった不完全な主は、あっという間の出来事で二人の攻撃によって粛正された。喰らわれた魂は戻らないが、それでも何とか均衡は保てそうだ…とミーノスは無事だった魂を冥界に送りながら言った。 「ではこの少年の処遇は聖域に任せますよ。」 冥界は生者を裁く権利がない。鬼火の少年は微弱ながら小宇宙が扱えることが先程の鬼火への擬態と、更に中枢神経を覗いた際に分かった。それ故に洗脳されていたということもあり、殺してまでの粛正をするには至らないというのが二人の決定だった。 「冥界に戻るのかい?」 「えぇ、今送った魂や死者を裁かねばなりませんから。量も量ですし…ルネに過労死されては困りますしね。」 闇色のグリフォンの翼が開く。 「今度また遊びにきたまえ。ラダマンティスとアイアコスも連れて。」 「暫くは難しいですが…出来れば近いうちにお邪魔しますね。」 宵闇に溶ける様に天貴星は冥界へと戻って行った。 「さて、と…。」 アフロディーテは気を失った少年を担ぐと、後ろに控えていたダンテを連れ立って聖域へと歩み始めた。 「リュクトグッペ」はスウェーデンに置ける鬼火のことです。 共闘って素敵な言葉ですよね…← |