いたちごっこ

 陽が沈み、空が紺碧に塗り替えられる頃。教皇宮の執務室にて出来上がった書類等に目を通していたシオンが、ふと書面から視線を外した時だった。コンコンと扉を叩く音が響く。
「入れ。」
「…失礼致します。」
 扉が開くと同時に香る薔薇の香気。部屋の中が一気に華やかになる。
「魚座のアフロディーテ、ただ今帰還致しました。」
 席を立ち机の前に出たシオンに、アフロディーテは膝を折った。さらりと水色の巻き毛が肩からこぼれ落ちて、彼に染み付いた薔薇が新たに香る。それはシオンが待ち望んだ香りでもあった。
「顔を上げよアフロディーテ。」
 ゆるりと顔を上げたアフロディーテの頭をシオンはくしゃりと撫でる。突然の事にどうして良いか分からないアフロディーテは、シオンの気が済むまで、彼にされるがまま頭を撫でられていた。
「ご苦労だったな。」
「…勿体無きお言葉。」
「堅い。」
「教皇宮にて教皇である貴方様と対面しているのです。それ相応の礼を果たさねば為りますまい。」
「此処には二人しか居らぬ。」
「周りには沢山居りますが?」
 立ち上がったアフロディーテは少々困った表情をしていた。確かに教皇宮には聖闘士を初め、文官や侍女も勤めている。この宮にて二人の仲を知っている人間はほぼ皆無だ。故にアフロディーテは慎重になる。
「かと言って私が双魚宮に行くのをお前は嫌なのだろう?」
「勿論です。」
「はあ…お前と逢瀬するのにどうしてこうも難儀せねばならぬかな…。」
「…申し訳ありま、」
 言葉を遮られる。油断していたのかアフロディーテはシオンの腕の中に意図も簡単に抱き込まれた。
「シオン様!」
「結界ならばもう既に張ってある。安心せよ。」
「そういう問題では無く!」
 脱出しようともがくアフロディーテ。逃すまいと腕に力をいれるシオン。数十秒間のいたちごっこ。
「…アフロディーテ。私にこうされるのは嫌か?」
 ピタリとアフロディーテの動きが止まる。
「……嫌ならば、私は貴方の腕の中におりません。」
「そうか。」
 背中に回されるアフロディーテの腕。満足そうにシオンは笑っていた。



星矢SSでシオン様に対してアフロちゃんが"あなた様"って呼ぶのが好き過ぎる←

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