物騒で仕方無い話

 双魚宮の居住スペース。昨日の飲み会で潰れたデスマスクがリビングに備えたホワイトレザーのカウチを占拠して眠っていた。
 そんなデスマスクを前にアフロディーテは、さてどうしたものかと考えを巡らす。取り敢えず部屋を賑やかしたアルコールの瓶やグラス、お摘まみを片付ける。軽く掃除もして結構騒々しい音も立ててみるが、カウチで眠るデスマスクは気持ち良さそうに寝息を立ててたまま。豪快にごろんと寝返りを打った。そんなデスマスクの寝顔は、無防備なんてそんな生易しい表現じゃ足りない位にだらしないこと極まりなく、そしてなんて幸せそうな表情なのだろうか。
「デスマスク。」
 確かに今地上は、世界は平和だ。だからと言ってこれは緩み過ぎてはいないか。
「起きろデスマスク。」
 再度呼び掛けるがデスマスクはうーん…と唸っただけで、まだ意識は夢の中の様だ。ロイヤルデモンローズで陶酔の内に葬るなら絶好のチャンスである。それだけデスマスクは無防備なのだ。しかしアフロディーテの手に赤い薔薇は無い。カウチに近付きひょいと軽快にデスマスクの上に跨がると、デスマスクの口に自らの唇を押し付けた。アフロディーテの水色の髪の毛がさらさらと背中と肩から溢れ落ちていく。淡く、しかし確かに甘く薔薇の香りが広がった。
「…まだ起きないのかい。」
 アフロディーテは分かっていた。デスマスクのこの様子は微睡みからも抜けて、もう覚醒していることを。
「ならば…このまま死ぬかい?」
 とてつもなく物騒な言葉を吐きながら、アフロディーテは狸寝入りを決め込んだデスマスクの口にキスをする。先程よりも長く唇を塞いでやった。それでもやはりデスマスクは起きない。アフロディーテからのキスを堪能している様だ。だらしない顔はさっきよりももっとだらしなくなる。
チラリとそんなデスマスクを盗み見て、アフロディーテは正しく文字通りデスマスクにトドメを差すべく、彼の鼻をぎゅうっと摘まんで気道を塞いでやった。
「…まじで死ぬ。」
 流石に危機感を覚えたのか漸くとデスマスクは起き出す。未だに鼻を摘まんだままのアフロディーテの手を退かして、その指先にキスを一つ。ビクリと震えて引っ込めようとするアフロディーテの手を、今度はデスマスクがそれを逃がさなかった。
「でもまあ…お前のキスで殺されるなら、死んでも良いかもしれねぇな?」
 くつくつと不敵に笑うデスマスクに、アフロディーテもまた彼に対して不敵に微笑んだ。
 そしてデスマスクの右手がアフロディーテの腰に伸びる。其処から手を滑らせ尻を撫で擦る。
「君に私が殺せるかい、デスマスク?」
「…お前にエリシオン見せるなんざ簡単だぜアフロディーテ?」
 天国では無くエリシオンというのがデスマスクらしいか。
 神々が逐わす天上の花園は至極綺麗なところだと青銅聖闘士達から聞いている。しかしその実……綺麗な綺麗な花園は、残酷な楽園であったとも……。
「…それでもいつか見てみたいものだな…。」
「エリシオンか?止めとけ止めとけ、んなろくでもねえところ。」
「おや、君が見せてくれると言ったんじゃないか?」
「馬鹿野郎俺が連れていけるのは積尸気までだっつーの。」
 言葉のあやと言葉遊び。そんな児戯にも飽きた二人はどちらともなく顔を引き寄せ合い、互いの吐息を感じる程に近付く。刹那、貪る様に口付けを交わす。
「…舌、もっと出せ。」
 デスマスクに言われるままアフロディーテは舌を伸ばす。赤く瑞々しいそれにデスマスクがやわやわと甘く噛みつく。擦って擦り付けてまた甘く噛んでを繰り返す。口内を弄ばれて飲み下せなかった唾液がアフロディーテの口端からとろりと溢れる。
「…っ…デスマスク、ベッドに…。」
「誰も来ねぇよ。」
「でも…、…ぁっ…。」
 視界が反転する。カウチに押し倒されて衣服を脱がされる。瑠璃色の瞳に見下ろされる水色の麗人。二人に灯る情欲の炎。
「…仕方の無い蟹め。」
「そういう、お前もな。」



時折物騒なことをやる。

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