凪し海

 凪を向かえた海の様にシュラの小宇宙は静かだった。特別彼がむやみやたらに小宇宙を荒げることはないが、時折気味が悪いくらいに静か過ぎる時がある。そういう時は大抵シュラは気落ちしている場合が多い。仕事人間で真面目な彼故に落ち込むことがある。
 例えば先日は聖闘士候補生の子達の修行中に不慮の事故で怪我をさせたことがあった。幸い命に別状はなく、怪我をしたのもその子の不注意からの事故であった。事実上シュラの責任は無い。しかし自分がもっと候補生達に目を向けていればこの様なことには為らなかったと、自らの監督不行き届きは否めないとして自らにも罰をと求め、それを受け止めたのだ。
 今日のシュラの小宇宙はその時のものと同じか、或いはそれ以上か。責任感が強いことは頼もしい。しかしそれが強過ぎるのは自らを必要以上に呵責し続け、自らを潰し兼ねない。
 これは何物にも揺らぐことのない水面に、一石投じねばなるまい。アフロディーテは庭園の世話もそこそこに磨羯宮へと下るのだった。


 案の定アフロディーテが思った通りにシュラは凪を向かえた海の如くに静寂を貫いていた。特に訪れたアフロディーテを気にする素振りも見せずに、ソファに座ってぼんやりと天井を仰いで、そして深緑の目を閉じる。
「シュラ。」
 呼び掛けても返事は無かった。話す気はないということか。元より内に抱えたことは話す質ではないが、それぐらいに今回のことは堪えたのだろう。容易に分かる。
 徐にアフロディーテはシュラが座るソファに腰を下ろすや否や、投げ出されていたままのシュラの膝を枕に寝転がったのだ。流石に彼も予想していなかった様で、深緑の瞳が彼自身の膝に視線を落とす。そしてその上に頭を乗せたアフロディーテのアクアブルーの爛々とした瞳と、目が合った。
「ねえシュラ。」
 名前を呼ばれてアフロディーテは再びソファへ座り直す。水色の髪の毛からは何時もと同じく薔薇の香り。白い手のひらがシュラの頬を優しく挟む。軽く触れるだけのキスをして、アフロディーテはシュラに微笑む。そしてシュラの首に腕を回してぎゅっと抱き締める。
「何なんだ、急に。」
「君とこうしたいから、こうやっているのだよ。」
 恐ろしいぐらいに整った顔が文字通り目と鼻の先にある。そんなアフロディーテから先程よりも深い薔薇の香りがした。嗅ぎなれた香りは安堵を生み出し、だらりとソファに投げ出されたままの両腕をシュラは緩やかにアフロディーテの背中に回して抱き締め帰す。
 シュラの凪いだ海に波紋が生まれた。
 これで良いとアフロディーテはシュラの小宇宙を感じながら思った。無理に彼が話す必要もないし、こちらも必要以上に問いただす必要もない。シュラが話したくなった時は耳を傾け、彼自らが最良になれる様にアフロディーテは神妙をとしてシュラの為に最善を尽くすことを誓っているからだ。
「よしシュラ、今度はこちらに寝たまえ。」
 今度はアフロディーテが膝枕を提供してくれるらしい。パンパン自身の膝を叩くアフロディーテに誘われるまま、シュラはアフロディーテの膝枕にソファに横になった。女性とは違い筋肉ばかりの堅い太股に深緑の髪の毛が散らかる。寝転がって改めて気付く。やはり堅い。しかし不思議と悪い気はしなかった。寧ろ心地好いとすら感じるのはアフロディーテだからか。
「今はただおやすみ。」


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