冬籠もり

 今日の分の聖衣修復を終えたムウは、私室に戻るでもなく白羊宮入り口の広く開けた場所にいた。特に何をする訳でもなくただぼんやりと彼が守護する白羊宮と、その先に見える聖域の大地、岩肌、そのまた向こうに見える大きな滝が流れていて、そこには鮮やかに虹が掛かる。 何時もと同じ日。平和になってから改めて見る聖域。護りたかった場所は、世界はこんなにもキラキラと輝いている。
「…ムウ?」
 心配そうな声色だった。振り返った視線の先にはふわふわ揺れる水色。
「アフロディーテ…。」
「こんなところでどうかしたのかい?」
 冬の風が白羊宮を、ムウとアフロディーテの間をすり抜けていく。こんな冷たい風が吹いているから、アフロディーテは風邪を引くと忠告しているのだろう。黄金聖闘士足るものそんな柔な身体に鍛えているつもりはない。
 分かっている。そういうつもりでアフロディーテが言っている訳ではないと云うことを。彼は純粋に自分の体調を心配しているのだ。
「白羊宮まで降りて来るなんて珍しいですね。」
 なのに、私の口から出た言葉はアフロディーテの好意を無下にする冷たい言葉。間をすり抜ける冬の寒風の様に、冷たい冷たい冷たい。
「ねえ、ムウ。」
 秀でたムウの額にひたりと充てられたアフロディーテの手のひら。
…温かい。自分とは正反対にアフロディーテの手のひらは温かかった。その温もりに目を閉じる。遠くでアフロディーテの慌てた様な声が聞こえた。

***

「あっムウ様!良かった気が付いたんですね。」
「…貴鬼?私は…」
「ちょっと待ってて下さい、アフロディーテー!!ムウ様が目を覚ましたよー!!」
 貴鬼の甲高い声に頭がズキンと痛んだ。

 人間というものは面倒なもので"風邪を引いた"と自覚した途端に倦怠感を覚え、更には発熱、頭痛、喉の痛みと言った典型的な風邪の症状がどっとムウに襲い掛かったのだ。
「あんなところで黄昏てるからだよ。」
 ごもっともなアフロディーテの言葉にムウは返す言葉も無かった。敢えて言い返すならば黄昏たくて黄昏ていた訳ではないのだが……今は何を言ってもただの言い訳にしかならない。だからムウは黙っているしかなかった。
「食欲はあるかい?」
「…余り。」
 想定内の回答だったらしく、アフロディーテはサイドテーブルに置いてあった食事をキッチンに下げにいく。代わりに二、三本ベットボトルを引っ提げて寝室に戻ってきた。
「食欲が無いのは仕方無いけど、水分補給だけは怠らないこと。良いね?」
 そう言いながらアフロディーテはマグカップに経口補水液を注いでいく。ベッドにムウを起き上がらせて、彼がゆっくりとそれを飲む姿を見守る。飲み終わったムウを再度寝かし付けると、彼の手がアフロディーテのセーターの裾を掴んだ。
「何処にも行かないよ。」
 だからゆっくりお休み。
 アフロディーテには全て分かっていた様だ。子どもの様なこの言動は、全てはアフロディーテを引き止めたかったのだ。我ながらなんて詰まらない意地を貼っていたのだろう。
 そう、理解するのと同時にムウは睡魔に連れ去られて眠りに落ちていくのだった。



羊がつっけんどんだったのは風邪のせいでした。一杯甘やかして貰えばいいよ。

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