瘢痕は無いほうが良い

 ムウからデスマスクの様子が可笑しい……そう小宇宙通信を受けたアフロディーテは巨蟹宮へ至るその道すがらアフロディーテはムウから更なる詳細を聞いた。
 デスマスクがここ何日か任務で聖域を開けていたのは二人共に認知している。詳しい内容は伏せられていたが、大方の見当はつく。デスマスクが請け負った任務は恐らく敵対象の粛清。
 人の魂を積尸気に送るという類い稀な能力を持つ蟹座の彼に粛清任務が下ることは特別珍しいことでは無かった。対象が単体ならシュラの方が適任だが、対象が複数になると纏めて積尸気に送れるデスマスク……と言った具合に。
(白羊宮を抜けていく際に"絶対に誰も巨蟹宮に来るな"と少々語気を強めて言っていたのが気になりましてね…。)
(他には何か気付いたこと無いかい?)
(いえ…何時もと雰囲気が違うという漠然としたものぐらいしか…。)
 恐らくは斯(か)くしたのだろう。人を欺くという点ではデスマスクより右に出るものはいないとアフロディーテは思う。ハーデスとの聖戦の折りに、隣で立って彼と共にいたから。アフロディーテから見てもあの演技力は中々のものだ。下手な猿芝居をする輩に見倣わせたいと思う程に。
 巨蟹宮に着くと何処か陰鬱とした空気が流れていた。聖戦を終えて以降は、巨蟹宮の壁や床にデスマスクが葬った人の死に顔は浮かんでいない。ならばこれはデスマスクより流れ出る小宇宙だろう。
 ムウとの小宇宙通信を切ってアフロディーテは巨蟹宮内デスマスクの私室の扉を押し開いた。

 リビングにもキッチンにもデスマスクの姿は無い。だとするならば彼は今寝室か。
「デスマスク、私だ。」
 アフロディーテの声に一瞬デスマスクの小宇宙が揺らいだ。
「…何しに来た。」
「君の様子が可笑しいと聞いてね。」
「チッ…あの麿眉羊の野郎…。」
 ムウに口止めなんて無謀だ。内心そう思いながらアフロディーテは寝室の扉を開ける。途端に、匂ってきたのは精液の青臭い匂い。ベッドにはYシャツに袖を通しただけのデスマスクの姿。散乱する蟹座の黄金聖衣は蟹のオブジェクトのまま、部屋の隅に追いやられていた。
「…何があった。」
「お前にゃ関係ねえ…。」
「関係無い訳ないだろう!」
 ずかずかとベッドまで進みデスマスクの所まで進むとアフロディーテは彼の胸ぐらを掴む。
「…離せ。」
「では何があったか説明しろ。」
「良いから離せ!!」
「離さない!」
 理由を話すことを頑なに拒む。そんなデスマスクは舌打ちをしてアフロディーテを突っぱね様とするが、アフロディーテもまた離すまいと手に力を込める。
 刹那…アフロディーテの視界が反転する。灰色の天井が見えた。青臭い匂いが残るベッドの上に押し倒されたと理解した時、自分を見下ろす瑠璃色の瞳。先程の問答の時より余裕が無くなったデスマスクの顔がそこにはあった。
「…何が、あった?」
 ベッドに縫い止められたアフロディーテは至極冷静だった。呼吸を荒げるデスマスクをなんとか御しながらアフロディーテは言葉を続ける。
「…誰にやられた?」
 解りきったことだが聞かねばならなかった。理性の糸一本でギリギリ耐えるデスマスクはただ静かにアフロディーテの問いに答え始めた。

***

 デスマスクが請け負った任務は敵の粛清だった。
 最近とある欧州市街地域にて夢魔による被害があったと広域偵察任務に着いていた白銀聖闘士より報告がもたらされたのが始まり。教皇シオンはデスマスクにこれの解決をせよと勅命を下した。
 市街に潜入したデスマスクは被害状況を始め、どんな夢魔が悪行を行っているかなどを先に報告した白銀聖闘士と共に調査をしていたという。しかし夢魔もかなりの知性を有しているのか、デスマスクが市街にて調査を開始してから中々尻尾を見せなかった。
 これは長期化するかも知れないと、中間報告をしたほうが良いかと白銀聖闘士を聖域に戻した……その夜の出来事だった。
「敵襲にあったということか。」
「最初から俺と遊ぼうと決めてたらしくてな。」
 勿論返り討ちにしてやったが。しかしその夢魔は死ぬ間際、デスマスクに夢魔曰くちょっとした呪いを掛けて逝ったらしい。
 それがデスマスクが自慰をしていた理由で、これが答えだと言う。
 無言の内に、アフロディーテの太股に押し付けられたデスマスクの自身はボトムス越しだというのにその熱は酷く熱く感じられた。
「…三回くらい抜いたんだが、全然収まらなくてよ…。」
 階級が低い夢魔の呪いなら黄金聖闘士ならば其処まで影響は受けない筈だ。しかしデスマスクのこの状態は並大抵の呪いではないことは明白で、何れだけ官能的欲求を満たせば良いか分からない…と。酷く苦しそうにデスマスクは言った。
「…だから早く俺を押し退けて双魚宮に帰れ。」
 ―これ以上は、持ちそうにない。
「…馬鹿だな君は。」
 ―だったらこのまま、私を抱けば良い。
「お前…さっき俺が言ったのを忘れたのか?」
「何れだけ出せば良いのか分からないのなら、文字通り精根尽き果てるまで出せば良い。」
「それじゃお前が…。」
「私は、君をこのままにして戻る方が…余程堪えられないよ。」
 何故、こう言う時にばかり、優しく笑うのだろうか。伸ばされたアフロディーテの両手はデスマスクの頬を挟むと、自分の顔へと引き寄せ自ら艶やかな唇をデスマスクの唇に重ね合わせた。
 切れるか切れないかのギリギリで耐えていた理性の糸は、呆気なくプツリと切れた。

***

 翌朝…明朝から聖衣の修復に追われるムウの元を訪れたのはデスマスクだった。これは珍しいと目を丸くするムウに、見るからにデスマスクは不機嫌になる。
「具合、良くなって何よりです。」
「誰も来るなって俺は言った筈だぜ?」
「ええ。でもアフロディーテに伝えるなとは言っていませんよね?」
 ぐっと息を詰まらすデスマスクにムウは更に続ける。
「アフロディーテに感謝したほうが良いですよ。ここまで貴方のことを心配して考えている者はいないでしょうから。」
 巨蟹宮に感じるアフロディーテの小宇宙は静かだ。恐らくはまだ眠っているのだろう。
「…悪かったな。」
「貴方が謝るとは…今日は雨ですかね。」
「煩えっつの!」
「冗談ですよ。」
 お前のは冗談に聞こえないと吐き捨てる様に言いながらデスマスクは白羊宮を出ていく。
「アフロディーテのこと、ちゃんと見てあげるんですよ。」
 態々言わなくても分かっているだろうが、念の為にムウはの去り行くデスマスクの背中に向かって言った。案の定煩いと返して今度こそデスマスクは白羊宮を後にした。



えろい部分まで小宇宙を燃やせなかった←
羊さんは何処まで知っていたのでしょうね。

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