雨勝ち

 雨の日は嫌いだ。そして憂鬱だ。月並みな言葉だが事実は事実だ。心底うんざりとしながら、そう言葉を吐いたカノンに、アフロディーテは入れたての紅茶を出す。ほわほわと湯気が上がっては直ぐに消えていく。雨のせいで気温が下がっているからか、立ち上る湯気はより白く、そして紅茶は何時もより少しだけ熱く感じられた。
「カノンは雨が嫌いなんだ?」
「ああ嫌いだな。色々と理由はあるがジメっとしてるのがどうもな…。」
「海界にいたのに?」
「それとこれとは話が別だ。」
 ストレートティーを口にしながらカノンは菓子に手を伸ばす。ホールから1ピースに切り分けられて出されたのはアップルパイだ。恐らく…というか、パイ生地から作ったんだろうということが分かる。手の込んだものと言うのは、存外パッと見ただけで分かるものだ。結構器用なんだなとカノンはアフロディーテを見て思いながらアップルパイを口に運ぶ。
「ん、美味いな。」
「口に合ったのなら何よりだよ。」
 アフロディーテはティーカップを持ちながら、カノンに微笑む。柄にも無くカノンは顔を赤くして、思わずアフロディーテから視線を反らした。
 聖域に来たばかりのアフロディーテは少女の様な可愛さとビスクドールの様な美しさを持っていたが、こうして大人になって成熟した姿は幼少期のそれを遥かに上回るこの世のものと思えぬ位に綺麗であった。断っておくがアフロディーテの顔に惚れて付き合っている訳ではない。無いのだが…長らく見ていなかったせいもあるだろう、彼の些細な仕草や表情一つで心臓の鼓動を早める自分が自分じゃないみたいで、早い話が今の自分は気持ち悪いということだ。
「…お前は?」
「うん?」
「お前は…雨、好きなのか?」
 半ば誤魔化す様に話題を変える。
「どちらでもないよ。」
 薔薇達植物にとっては恵みの雨になるから。けれどもそれも度が過ぎれば土を流し株を晒し傷付け、やがて花が駄目になる。かといって全く雨が降らなければ植物は疎か、生きとし生けるもの達は命を落とす。
「成る程だからどちらでもないのか。」
 魔宮薔薇を始めとした植物に通ずる魚座の聖闘士らしい意見だ。
「それを抜きにしても、雨の日は雨の日で趣があるものだよ。」
 出来ることは出来なくなるが、その変わり出来なかったことが出来る様になる日でもある。
「そうなのか…?」
「そうさ。今日雨が降ったから私は双魚宮の中にいて、君とこうしてお茶をしているのだよ。」
 何時も彼が行っている魔宮薔薇を始めとした薔薇の管理作業も、雨が降ってはロクに仕事にならない。聖闘士と言えどもそこは普通の人と変わらないのだ。
 最後の一口になったアップルパイを頬張りながらカノンは窓辺から外の様子を伺う。相変わらず雨は降り続いている。ザアザアと耳障りな大きな音を立てて。雨足は先程より強くなってきた様だ。薔薇達が気になるのかアフロディーテもカノンの隣で外を見ていた。
 雨は嫌いだ。だが雨が降ったからこそ、本来は一緒に過ごせなかったアフロディーテと一緒にいれる。
「出来なかったことが出来る日か…。」
 カノンの言葉が気になったアフロディーテは彼へと視線を向けた。



雨の日は心静かに過ごす魚。雨の日はひたすら憂鬱な双子弟。
なんとなくアフロちゃんはのんたんに対して割り切ってそう。

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