恒久の希望 城戸邸にはアテナの護衛の為に聖域から黄金聖闘士三人が滞在していた。デスマスク、シュラ、アフロディーテの所謂年中組の三人である。 グラード財団総帥としてアジア諸国の要人が集まる、とある会合に出席していた沙織の警護を終えて、つい数時間前に城戸邸宅に戻ってきたばかりだ。三人に宛行われたラウンジに入るなり、デスマスクはジャケットを脱ぎ、ネクタイを解いてジャケット共々質の良いソファの背凭れに放り投げる。Yシャツのボタンも早々に取っ払うと皺が付くことも気にせず、どっかりとソファに座りローテーブルの上に足を投げ出す。 「あー疲れたー…。」 気持ちは分からないでもないが流石に行儀が悪過ぎると、シュラはデスマスクの頭に手刀を食らわせる。ぎゃぴぃ!と相変わらず訳の分からない悲鳴を上げるデスマスクを横目に、アフロディーテは城戸邸宅に仕えるメイドからティーセットを受け取ると三人分の紅茶を淹れていた。 今回ばかりは流石にシュラも疲れた様で少し顔色が悪い。アフロディーテもこの二人よりかは慣れてはいるが、彼も疲れを隠せてはいない。アフロディーテから受け取った紅茶を飲みながらシュラもソファに座る。デスマスクは紅茶より煙草からニコチンを接種することを優先している。紫煙がゆらゆらと燻って、やがてそれは視認出来なくなる。 ラウンジには暫く静かな時間が流れる。三人共何も話すことなく、ただ時計の秒針が時を刻む音だけが響く。その時、コンコンと控え目なノックがして、誰かがどうぞと入室を促す。先程とは違うメイドが三人へ一礼してラウンジへ一歩進む。 「失礼致します。沙織お嬢様から7時から星矢様のお誕生パーティーを開くので大広間に集まる様にとのご伝言です。」 奇しくも今日は星矢の誕生日であった。 「くれぐれも時間厳守でお願い致します。」 伝言を伝え終えるとメイドはまた一礼し、ラウンジを出ていった。 「昨日はアイオロスで、今日は星矢か…。」 昨日の今日で任務を控えているからとアルコールは余り体内に入れてないが、それの反比例として料理を美味しく頂いたことによる胃もたれの弊害が出ていた。シュラの顔色が悪いのはこれの影響もあるのだろう。 更にアテナ護衛の名目で日本にやって来た三人は、星矢への誕生日プレゼントは愚か、青銅の子らへのお土産も何も持ってきてはいない。 「良いじゃねえか、必ずプレゼントやらなきゃいけないなんてルールないだろう?それよか無条件に飲めるなんて俺達ついてるぜ。」 先程のぐったりしたデスマスクは何処に行ったのか、大好きなアルコールを頂けるとなった瞬間元気になるデスマスクを現金な奴だとシュラとアフロディーテの視線は冷たい。 「7時まで…まだ時間はあるな。」 ラウンジの時計を眺めながらアフロディーテは呟く。 「おっ?どっか行くのか?前哨戦なら俺も行くぞ?」 「アル中は黙っていたまえ。単なる買い物だ。シュラ、君はどうする行くか?」 「…いや俺は部屋で休む。街に出るならば気を付けて行けよ。」 「デスマスクは?」 「俺も遠慮しとくわ。」 「だろうな。」 流石にスーツで街には出られないので、急だが私服を用意して貰いアフロディーテは其に着替える。 白のYシャツにアイボリーのニットカーディガン。首には暖かそうな煉瓦色のストールを巻き、ボトムスには深いワインレッドのスキニーパンツを併せていた。 「…よし。行ってくる。何かあったら直ぐ小宇宙通信してくれ。」 「おう、行ってらっしゃーい。」 ヒラヒラ手を振るデスマスクと、うつらうつらし始めたシュラに見送られてアフロディーテは城戸邸宅を後にした。 *** 乾杯の音頭の後に盛大に始まった星矢の誕生日パーティー。7時までに集まるようにと時間厳守を言い渡されたが、アフロディーテはまだ街から戻ってきていなかった。楽しく祝福の空気に満ちた室内で、瞬は誰よりも未だに帰ってこないアフロディーテを心配していた。そんな瞬を尻目にデスマスクとシュラは一眠りしたからか体調も回復し料理に舌鼓を打ち各々好きなアルコールを煽っていた。 「あの…デスマスク、シュラ?アフロディーテのこと心配じゃないの?」 祝いの席を壊さぬ様に瞬は控えめに、それでも確かな声色で二人に問うた。 「あいつはそんな心配するようなタマじゃねぇよ。」 デスマスクの言うことは最もである。全聖闘士の頂点に君臨する最強の黄金聖闘士の一人であり、魚座を冠する彼がそう簡単にやられる筈はない。 「…それは分かってはいるけど。」 「瞬よ。お前が言うようにアフロディーテに心配する様な事が起きても、お前が心配する様なことには為らないだろう。」 「何故…貴方達はどうしてそう言い切れるの?」 「…伊達に13年間、一緒に欺いて来てねえからな。」 13年間。瞬と星矢がこの世に生を受け生きて来た時間。 13年間。全てを偽り、全てを欺いて、信ずるべきものを自ら棄てて、己が信じるべきものを信じてきた時間。 同じ13年間。然れど全ては平等ではない。腐れ縁と呼ぶには簡単過ぎて、それだけでは言い表せない程の複雑過ぎる縁だ。それが今のデスマスクとシュラとアフロディーテを繋いでいるもの。 「瞬どうかしたのか?」 「星矢…ううん何でもないよ。」 今日の主役である星矢も瞬とデスマスクとシュラの雰囲気に何事かと思った様だ。取り繕う瞬に星矢は訝しむが、下手に詮索しないところが星矢の良いところだった。 「そういやアフロディーテはどうしたんだ?さっきから姿が見えないけど…。」 「私は此処にいるよ。」 話題を変えた途端に、今まで感じなかった魚座の小宇宙がパーティー会場に浮かんで混ざる。 「お帰り。」 「ただいま」 「今まで何処に行ってたんだ?」 「うむ。話すと長くなるが良いか?」 「じゃあいいや。」 「君から聞いといて……まあ良い。」 シュラとデスマスクから視線を外すとアフロディーテは星矢へと向き直り、持っていた花束を彼に差し出した。 「誕生日おめでとう星矢。」 「…あ、有難う。」 薔薇の花束を貰った星矢は少々困惑している様だった。貰ったことがないからというのが正直なところで、持て余している感が拭えない。 「ふーん…50本のゴールドに近い黄色の薔薇、か…。」 横から本数を数えていたのはデスマスク。 「50本の意味は恒久…シンプルに永遠で良いだろう。そしてこの色の花言葉は希望、だったか?」 その本数と花の色の意味を教えてくれたのはシュラだった。 「永遠の希望…。」 「どうしてお前達は直ぐにばらすのだ。調べる楽しみがないだろう。」 「星矢が調べるとは思わなかったのでな。」 ズバッと切り裂いたシュラに、酷いと星矢が吠えているが瞬に宥められていた。 「それにしてもこの色の薔薇良く売ってたな?」 「いや、何軒か梯子したんだが中々見付からなくてね。合っても50本ともなると用意出来ないと言われたよ。」 「おい、まさかお前…。」 「ああ聖域まで戻ったが?…何か?」 マジでかと笑い出すデスマスクに対して、シュラは呆れてものが言えないといった様に大きな手のひらで顔面を覆っていた。そして星矢と瞬は苦笑いを浮かべている。贈り物にしようと考えていたものを、まさか聖域の自分の庭園まで取りに言っていたとは……誰も考えてなかった。瞬が言う心配する様な事にはなっていなかったが、これは別の意味で心配しなければならない事になりそうだ。 「ねえアフロディーテ、まさか大陸を横断したりは…?」 「そんな訳ないだろう。小宇宙通信でムウに頼んで聖域近くまでテレポーテーションして貰ったよ。」 そして白羊宮を通る時にムウにどういうことか説明を求められたのだと、アフロディーテは旨そうに焼かれたラム肉を胃袋に収めながら言う。 更には今から双魚宮に上らなければならんと言うのに、アイオリアから星矢への誕生日プレゼント2つ(※内一つはアイオロスから)を持たされ、シャカにはいつも飯を強請る蟹が居ないから何か飯を作れと開眼しながら迫まられ、珍しく口喧嘩してそこから千日戦争一歩手前にまで発展して殴り合うミロとカミュを止めてきたのだと言う。序でに言うと今名前が出なかった黄金聖闘士は年中組と同じく聖域外で別の任務を受けて聖域を空けている。 ワインを3杯開けたおかげか早々に酔いが回ってきたアフロディーテは珍しく饒舌で、その後の顛末も語り出した。 「…で、漸く双魚宮に辿り着いたと思ったら、教皇宮から9割方黒くなっているサガが降りてきて風呂場を占拠されるわ、シオン様はストレスが頂点にまで達して教皇の仕事をボイコットして教皇宮全体にクリスタルウォール張るわ、そのお陰で冥界から使者として来ていたワイバーンが使者の仕事を果たせなくなって、仕舞いには"漸くまともなのが来た"と泣きつかれるわで……。」 故に時間に間に合わなかったと、4杯目のワインを口にしながらアフロディーテは言った。 「た、大変だったんだねアフロディーテ…。」 「あのラダマンティスが泣く程酷かったのか…。」 瞬と星矢の顔は完全に引きつっていた。 「年末だからなぁ…。今年一年の色々な出来事恨み辛みその他諸々エトセトラエトセトラ……おぉ、怖え。」 「え、聖域の年末っていつもこんなんな感じなのか?」 「いつもではないが、まあ普段飲まない奴が飲むと暴走し出すのと同じだ。」 「なにか違う気がするけど…。」 まともに取り繕う気がないデスマスクとシュラ。アフロディーテも含めると三人は何処か遠い目をしていた。年中組に限らず真ん中に位置する人間は上や下の中立を取らなければならないと、何処かで聞いた気がする。更に言うなれば平和故の損な役回りである。 「シュラ、デスマスク…明日聖域に戻ったら覚悟しておけよ。…シオン様は私一人ではどうにも為らなかったとだけ伝えておく。」 「おいいぃぃぃ!!一番重要なポジションの人を残してくんじゃねええええぇぇッ!!??」 「序でに老師は五老峰に行っていて暫く帰らないそうだ。」 「おい、アフロディーテまさか…。」 「そのまさかだよシュラ。老師…シオン様と喧嘩されてな、一応説得しなくてはと小宇宙通信したのだが全力で断られたよ…。」 「紫龍ぅぅぅッ!?!?今から五老峰に付き合ってくれえええぇぇッ!?!?!」 突然名前を叫ばれた紫龍は大きく肩を跳ね上がらせていた。 「あ、アフロディーテ?」 「…うん?なんだい星矢?」 「花…有難うな。その、花言葉の様に俺もっと頑張るから。」 「うむ。期待しているよ。」 Happy birthday 星矢。 「そして明日、頑張ってくれ…。」 「…ああ。君達が次に聖域に来る時までには大丈夫だと思うよ。ふふふふふふ…。」 「(目が、目が、凄く遠い…!!)」 年中組と星矢くんとの絡みと、星矢くんは次代の子として更には希望なのだということが書きたかったのです。その割には年中組がメイン過ぎて、星矢誕の印象が薄い…orz 余談ですが、星矢くんと瞬くんの13歳コンビが好きです← |