クラレット

 麗らかな昼下がりだった。アテナ沙織を教皇宮に送り届けた瞬は教皇宮を後にする。暫くは聖域に滞在することが決まっていた。故にこれから世話になるであろうアフロディーテの元へ挨拶しに、瞬は双魚宮へと向かう。
 行きも見たが、今日も彼が手掛ける薔薇の庭園は洗練されていてそして綺麗だ。侵入者をその毒でもって容赦なく襲い来る魔宮薔薇も、本来の姿を伏せて此方も綺麗に咲いていた。
 そんな庭園を抜けて双魚宮へと瞬は入る。回廊を進み居住スペースの扉をノックして開ける。
「…アフロディーテ?」
 返事が無かったことに訝しむ瞬だったが、その理由は直ぐに分かった。
 新調したのだろうか。新品特有の革の匂いをさせるホワイトレザーのカウチに横に為っているのは此処の主であるアフロディーテだ。
 これは所謂"寝オチ"というやつだ。横になりながら本を読んでそのまま眠ってしまったらしい。投げ出された右腕の下の床に本が落ちていた。裏表紙から落ちたことで本の大部分である紙に影響が無いのが幸いか。
 珍しいことあるものだと瞬はカウチで心地良さげに寝息を立てて眠るアフロディーテを見て、そして彼を起こさぬ様に静かに行動を開始する。
 先ず床に落ちた本を拾い、取り敢えず直ぐ近くに備えてあるテーブルの上に置いておく。本の内容は料理関係の様だ。デスマスク辺りから借りたのだろうか……と思っていたが、ドルチェのページにやたら付箋が貼られていることから、シュラの持ち物だということが推測される。存外この三人…アフロディーテ、デスマスク、シュラが甘党なのを知っている。何時だかアフタヌーンに呼ばれた時、様々な種類のお菓子が大量にテーブルに並んでいたのを思い出す。
そして、次のシエスタかアフタヌーンに向けてどれを作るか見ていてアフロディーテは寝てしまったのだろう。
 瞬は次に彼の寝室にお邪魔して其処から適当な毛布を借りて、アフロディーテに掛けてあげた。
カウチの外に投げ出された腕を戻す為に彼の腕を掴む。特別太いとも感じなければ、細いとも感じない。ただ自分のものよりは太く逞しい。何れは自分もこの様になれるだろうか…。己の信ずる正義と、信ずるものの為に力を奮うアフロディーテの様に……。
 瞬は取ったままだったアフロディーテの腕をカウチの上に戻して、改めて毛布を掛け直す。覚醒の兆しが見られないことから、余程疲れているのだろう。それでも、自分が会いにきた時には少しも疲れを見せないで自分と接してくれるのだ。嬉しいと思いつつ、これ以上変に無茶をしないか瞬はそれが心配であった。
 …それにしてもこの人はただ眠っているだけなのに、何故かとても妙に様に為っている気がする。腕を投げ出していても、水色の髪の毛をあちこちに散らかしていても、最悪寝相が悪くても、全てが許されて…そしてとても美しい。
「…………。」

―――つん。

 何となく。彼の頬をつついてみたくなった。男だろうが女だろうが、誰でも変わらずに頬は柔らかい。二回目、三回目とつついてちょっとだけ、ほんのちょっとだげ、頬肉を摘まんでみる。うん。やはり柔らかくてそして温かい。次いで左目の下の泣き黒子にも触れてみる。目に近しい箇所だからか、ピクリと睫毛が震えて……やがてゆっくりと開かれたアクアブルーの双眸と視線が絡む。
「……何をしているのかな瞬?」
「貴方に、触れてました。」
 悪そびれる訳でもなく瞬は言った。そうして今度は黒のYシャツの隙間から見える鎖骨に手を伸ばす。アフロディーテはそんな悪戯っ子の腕を掴むと、カウチの上…自分の腕の中に閉じ込めた。
「ぅわあっ!?あ、アフロディーテ何を!?」
「…静かにしたまえ。」
 少しだけ普段の声色より低く囁くと、途端に大人しくなる悪戯っ子にアフロディーテは小さく笑う。抱き締めた瞬の身体は温かい。子ども体温にご満悦なアフロディーテに対し、瞬は少し不満そうだった。
「また"子ども"扱いする…。」
「事実だろう?」
「事実ですけど…。」
 仕返しとばかりに瞬は己の唇をアフロディーテの唇に押し付けた。可愛い恋人からのキスは触れるだけに留まり、やはりまだまだ子どもだなとアフロディーテは微笑み、瞬は頬を赤くして少しだけ拗ねた。



で、このまま二人で寝ちゃうと(笑)

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