祈ることは、もう止めたけど

 アフロディーテが熱を出した。そうデスマスクから小宇宙通信で連絡を貰ったサガは、血相を変えて同じ教皇補佐の役職についているアイオロスに早退を申し出た。
理由を話せば、昔からその訳を知るアイオロスは快く承諾し、サガが抱えている書類を自分の机に移動させていた。
 済まないと謝るサガにアイオロスは首を振る。
「気にするな、それより早くあの子の元に行ってあげろ。」
と、サガの背中を押すのだった。

***

 アフロディーテが発熱した…それはサガに取っては一大事である。あの子は良く自分を押し殺す。昔、自分が黒く染まっていた時も、あの子はどんなに自分の具合が悪くてもそれを隠して支えてくれた。
 十三年間の内についた癖は早々直るものではない。
 更に追求するならば、アフロディーテには安易に薬を飲ますことが出来ない。毒物に耐性がある…ということは、毒と表裏一体である薬があの子には効きにくいのだ。
 聖域に来て間もない頃、体調を崩したアフロディーテに薬を飲ませて逆に症状を悪化させたことがある。幼かった故に完治するまで長い時間を有し、辛い思いをさせたことをサガは覚えていた。それはアイオロスも覚えているだろう。だからサガの仕事を一息に引き受け、アフロディーテのところへサガを行かせたのだ。

「デスマスク、私だ。」
 双魚宮の居住スペース…連絡をくれたデスマスクに案内された先、寝室のベッドには顔を紅潮させたアフロディーテが寝ていた。側に置いてあった体温計はもう消えていたが、デスマスクによると三十八度近くの熱があるという。
「何時から?」
「俺が来た時にはソファでぐったりしてたから…発熱してから一時間は経過しているだろうな。」
 また具合が悪いのに我慢に我慢していたんだろう。…と、共に十三年間を過ごしたデスマスクは事も無げに言い放った。デスマスクの場合は心配するよりも、呆れのほうが先にきている。
 それでも彼は面倒見が良いから、ベッドの側には飲み水の他に冷たい水と氷が入った洗面器が用意されてあった。その冷えたタオルをアフロディーテの額に乗せて今まで冷やしていたのだろう。
「この氷は…カミュか?」
「ああ呼んだら直ぐに来てくれた。フリージングコフィンを応用した氷だから暫くは溶けないとよ。」
 シュラは薬草を取りに行っているという。彼もアフロディーテの体質を分かっているからか、要領は心得たものだ。そして教皇宮にシュラの小宇宙を感じた。医療区画にて昔からアフロディーテを診てきた医師に調合して貰っているのだろう。薬が届くのも時間の問題だ。
 熱で温くなってきたタオルを変えてやろうと、手を伸ばすデスマスクをサガは制止した。
「デスマスク、私が代わろう。」
 アフロディーテの額からタオルを取り上げる。分かってはいたことだがやはり熱い。サガの端正な顔にも暗い陰が落ちる。
「あんたがそんな顔すんな。」
 直ぐに辛気臭くなるのがあんたの悪いところだ、デスマスクはまた事も無げに言う。面と向かって言われるより、彼からはこう言われるほうが実はサガは堪える。それでも注意すれば直るものだ。直ぐにとはならないがサガは…"今"のサガなら問題ないだろう。
「さぁて、アフロディーテが起きた時になんか軽く食えるもの作ってやるかな。」
「…ああ、頼むぞ。」
「あんたこそ、そこの意地っ張りな魚を頼むぜサガ。」
 サガにアフロディーテを任せてデスマスクは寝室を後にする。零度以下の冷たい水に浸したタオルを絞り、額に再び乗せてやる。ぴくりと長い水色の睫毛が震えたが、アフロディーテは目覚める気配は無かった。突然の冷たさに身体が反射したのだろう。
 熱に魘されるアフロディーテの手をサガは握る。早く熱が下がります様に……。その姿は祈りにも似ていた。



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