#009ed5

 アフロディーテが任務で聖域を離れたのは久し振りのことだ。十二宮最後の砦である双魚宮を、更には教皇宮への道を守護する彼に滅多なことでは勅命は下りない。平和になったということもある。しかしこれは十三年間の頃とも同じだ。アフロディーテの能力は毒薔薇の他に植物の脈動や地脈が分かるといった他の黄金聖闘士とはまた異なる能力がある。
 大概はこの能力を駆使しての諜報活動だが、内容によっては敵の粛清もする。
 誰よりも地上の平和を望むアフロディーテ。だから、自分が地上の平和の為に出来ることがあるなら彼は、喜んでその身を、気高い魂を女神へ捧げる。
「…だからかな。お前を手放せないのは。」
 意味が分からないという表情でアフロディーテはシュラを見る。相変わらず温い風呂から上がったばかりの彼は、慣れた手つきで戸棚からグラスを取り出し水を汲んで一気に飲み干す。
「言いたいことははっきり言ってくれたほうが良いのだが?」
 自分の中で思案するシュラにアフロディーテは物言いを付ける。
「言ったら、お前は素直に聞いてくれるか?」
「さあ?内容にもよるかな。」
 まだ濡れたままの水色の髪の毛を掻き上がる。ただそれだけなのに、その姿は妙に色っぽく見えた。
「…報告書。」
「報告書がなんだい?」
「態々双魚宮から下りて、ここでやる意味が俺には分からないのだが?」
 シュラが示す先には、つい先ほどまでアフロディーテが請け負っていた任務完了の報告書があった。今回の内容は新たに出回り始めた麻薬の調査だった様だ。毒に対して耐性があるアフロディーテには最適な任務だ。
 彼曰く麻薬がどんなものか計るのに、自分の体にいれたほうが分かるという。接種してからどの位でどの様な症状が出るのか…そして、その症状に対してどの薬を用いれば良いのか…。まさにアフロディーテにしか出来ない芸当である。
 同じく毒を扱うミロではないのは彼は耐毒体質ではないから。後、彼は麻薬を調べるより、大元を潰したほうが早いと考えるタイプだ。確かに制作元を正さねば麻薬の根絶は出来ない。しかし流行り始めた麻薬がどんな種類か、詳細を知りたかった教皇シオンは故にミロではなくアフロディーテに任せたのだろう。
「後でミロにも確認して貰いたい成分があってね。」
「だからって磨羯宮でやることか?」
「双魚宮からだと天蠍宮は遠くに感じてしまうのだよ。」
「たかが四段下だろう…。」
 一枚、出来上がっている書類を見る。が、成分分析の表なんか何が何やら分からない。シュラには専門外過ぎる。直ぐ様テーブルに戻した。
 書きかけの書類にアフロディーテは文字を記していく。恐らくそれも麻薬に含まれる化合物や合成物の名前だろう。長ったらしくて似たような言語が並ぶそれらを、スラスラと流れる様な手つきでアフロディーテは書いていく。
「アフロディーテ。」
「キスはしない。勿論セックスもだ。」
「お前な…。」
 名前しか呼んでいないのに、ムードもクソもない発言にシュラは思わず目元を手で覆った。
 まだ体に麻薬が残っているのだとアフロディーテは言う。普通の人間ならば致死量以上の麻薬を体内に取り入れているから、そんな状態で容易に行為には及べない。シュラのことを考えるなら尚更だと。毅然とアフロディーテは言い放つ。
 調査の為とは言え、文字通り体を張って成分を調査するにしては遣り過ぎではないか…というのがシュラの率直な感想だ。そうしなければならないというのは理解している。理解しているが納得はしていない。大切に想うからこそ、シュラは尚更納得がいかないのだ。
 しかしグラード財団の息が掛かった機関を頼る時間もない。そうこうしている間に麻薬というものは、あっという間に広がっていくのだ。一刻も早く止める為には、この時間を急がねばならない。
「どれぐらいで解毒出来るんだ?」
「そうだな…もうあと数時間は無理だろう。」
「…そうか。」
 なんて残念そうな声。ちらり盗み見るシュラの表情は変わらない。ポーカーフェイスが得意な彼は、今何を思い思案を巡らせているのだろう。
 まあ、今の時間と今までの言動を考えたら…いや考えなくてもやることを考えているのだろう。
「むっつり。」
「悪いか。」
 昼と夜でまるで違う顔を見せるシュラに、アフロディーテは少しだけ呆れながら書類に再びペンを走らせるのだった。



開き直った山羊。


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