クローバー・ナイト デスマスクが作ってくれたアヒージョに、フランスパンを使ったカナッペがリビングのテーブルに置いてあった。ワインもある。ラベルをみるとかなりの年代物だ。どこから入手したのか分からないが、相当な値段がしたというのは容易に分かることだ。ここは気持ちを頂くことにしよう。 しかし双魚宮のリビングにデスマスクの姿はなかった。探ろうと思えば探れるが、その内戻ってくるだろうと、まあとにかく面倒なのでカナッペをつまみ小腹を満たしながら彼を待つことにした。カナッペと言ってもデスマスクが作ってくれたフランスパンのほうじゃなくて、買い溜めてあるクラッカーにスモークサーモンとクリームチーズをたっぷり乗せてサクサクと食べ進める。ワインを開けたくなるがここは我慢だ。デスマスクが用意してくれたものを、彼がいないのに開けるのは野暮だ。代わりにシュラから貰ったサングリアで喉を潤す。……そう言えば、以前瞬が日本からのお土産で、いぶりがっこなるピクルスみたいなものを貰ったのを思い出した。それを貰った日は瞬を双魚宮に泊めて、その時もカナッペを摘まんでいた。こうしたら美味しいよ、と今みたくクリームチーズを乗せたクラッカーにいぶりがっこを乗せてた様な……。 「変なもん乗せて食うなよ」 「変なものとは失敬な。まだ乗せていないし出してもいない」 開け掛けの冷蔵庫を閉め直すと、キッチンの入り口に立つデスマスクに歩み寄る。と、逞しいデスマスクの両腕が伸びてきて急に抱き締められた。 「どうしたんだい」 「どうもしねぇよ」 なんとなくこうしたかったとデスマスクは言った。何かあった気もしないことはしないが、今は聞かない方が良いだろう。話したくなったらデスマスクからするし、まあ大半は自己完結するかそれすらしないで放っといてしまうかだろうが。 「ひゃっ」 考え事をしている内にデスマスクが首筋にキスをしてきた。外にいたのか何時もより大分冷えている唇が肌の上を滑る。辿られたそこは何時しか熱を持ち始め甘痒い感覚に背中がぞくぞくと粟立ってくる。 「デス…っ…ん、ぁ……」 首筋から鎖骨を唇で肌を愛撫される。時折吸い付かれてあられもない嬌声を上げてしまうのが恥ずかしくて堪らない。しかし気持ち良いのは確かだ。たまにイタズラされるが、私が本当に嫌なことはしない。……そういうところもデスマスクの好きなところだ。 「まだ、夕飯食べてない、のにぃ…」 セーターの上から乳首を押し潰される。足の間にデスマスクの足が割り込み、股間を膝でぐいぐい押し上げされて、食欲より性欲を満たせと頭が沸いてくる。 「んッ…あ、あっ…デスっ…」 「分かってるって。ベッド行ってたくさん気持ちイイことしようぜ、俺の可愛いお姫様?」 「本当に君は、ばかだな…」 毛布と肩口の間に冷えた風が入り込んできた余りの冷たさに、漸く眠りについたばかりなのに目が覚めてしまった。夜に強いとは言え、眠らねば昼間の業務に支障をきたす。毛布を被り直して、目を閉じる。暖かくて心地良い。が、寝返りの回数は増えても一向に眠気はやってこず。逆に眠らなければと思えば思うほど、目は冴え頭は覚醒していく。 ……あれだけ、動いたというのに……どうしてまた。 「よぉ」 宵闇を味方に付けた蟹座は月明かりの加護を受けながらにやりと笑う。毛布から顔を出して起き上がる。表皮の温度を拐っていく冷たい空気に身震いしていると、いつの間に持ってきたのか、デスマスクの手にはマグカップが二つ。仄かな甘い香りを漂わせている……中身はホットミルクだ。 「アルコールじゃないなんて、珍しい」 「たまには良いだろ? ガキの頃を思い出してよ」 昔、夜更かしをする大人に憧れて夜更かししたは良いが、今の自分みたいに眠れなくなった時があった。その時に面倒を見てくれていたアイオロスとサガがホットミルクを入れてくれたのは、今でも覚えている。 「……うん。美味しい」 「そいつは良かったな」 他人事の様に答えたデスマスクはもう飲み終えたらしい。 私はまだ半分も飲んでいない。飲んだところで直ぐ眠気はこない。それでもデスマスクの気遣いは素直に嬉しかった。 「君って優しいよね」 「気のせいだろ」 「またそうやって君は……」 人に素直になれとか言う癖に、自分だって相当な天の邪鬼じゃないか。ほら、今だって。飲み終わったマグカップは直ぐ取ってキッチンに戻してくれるし。ベッドに横になったら寒くない様に直ぐに毛布を掛けてくれるし。 「……あー、薔薇くせぇ」 とかなんとか文句良いながら添い寝までしてくれるし。これのどこが優しくないというのか。 「デス」 「もう黙って、目瞑っとけって」 「そういえばアイオロスが言ってたね、目を瞑ってれば寝れるって」 「そんなこと……あぁ言ってたなぁ」 あの時と同じくアイオロスの言葉を信じて目を瞑り、デスマスクに擦り寄る。タバコとコロンとホットミルクと、デスマスクの匂い。愛しい蟹座の小宇宙。彼の心音を聞いていると、だんだんと意識が眠りに落ちていく。あれだけ眠りたいと言ってた癖に、今ではデスマスクをまだまだ感じていたいと思う。我が儘が過ぎるが、この気持ちは嘘ではない。 「…デスマスク、」 「傍に居るから、安心して寝てろよ」 唇に温かくて柔らかい感触がしたのを最後に、私は意識を手放した。 |