煽る風と火

 まだジリジリと肌を射すような暑さが厳しい日だ。カミュは教皇より勅命した任務を無事に果たして、1週間ぶりに聖域に戻ってきた。教皇宮への報告の為に十二宮を悠然と歩む水瓶座。テールグリーンの髪が揺れ、酷く暑い日だというのにそこに彼がいるというだけで涼しいと感じさせるのは彼が持つ異名のせいだろうか。水瓶座の聖衣が太陽を受けて輝く様は美しくも頼もしく映り、ある種の畏怖すら覚えるのはやはり聖闘士の最高位である黄金聖闘士だからか。暑さに思わずだらけていた衛兵の背がピシリと真っ直ぐに直る。そんな彼等の前を抜け、自ら守護する宝瓶宮すらも抜けて、歩んだ先には十二宮最後の宮。まだ少し距離があるが薔薇の甘い香りが鼻腔を擽る。
「アフロディーテ、通らせて頂く」
 1週間ぶりの帰還ともあり、カミュは双魚宮の主に礼を通す。彼で四人目。後はカミュと同じく任務で聖域を空けているか、兵や聖闘士候補生の鍛練、或いは教皇宮にて執務を取っているかのどれかだ。敢えて誰が任務で、誰が聖域にいるか小宇宙を探ることはしないが、大体双魚宮の主は聖域に在る。魚座が守護するは十二宮の最後。星座は十二人の末っ子で自分より若いが、人の生を表した魂の周期では次の生へと繋がる終焉となる。そんな魚座の不思議な性質を体現する、二つ歳上の黄金聖闘士は双魚宮内ではなくその先にある庭園に姿はあった。
「やあ、久しぶりだねカミュ」
 納屋に出来た日陰で一息付いていた双魚宮の主足るアフロディーテはカミュを見付けるととびきり美しい笑顔で労を労ってくれた。
「カミュ今晩の予定は空いているかい?」
「あぁ特に予定もないが、何かあったか」
「久しぶりに君と夕食とりたいなと思ってね」
 駄目かな?と可愛いらしく小首を傾げる歳上を見て、断る理由が無い。というか見付からない。
「貴方が迷惑じゃなければ、」
「迷惑だったら誘ってないよ。さあシオン様に報告しておいで、夕飯は作っておくから君は楽な格好で来ると良い」
「分かった。とびきりの赤を持って行く」
 じゃあ後で、と軽く手を上げるアフロディーテに礼をしてカミュは夏の暑さに負けじと鮮やかに咲き誇る薔薇の庭を抜けて行った。

* * *

 それからは、シオン様への報告もアイオロスに提出する書類へのサインも、その他諸々の雑用含めて滞りなく終わった。一度双魚宮を通りすぎて、自身の守護宮である宝瓶宮にて少しの休息。シャワーを浴びた後Yシャツとカーゴパンツに着替え、黄金聖闘士達に貸していた本を蔵書庫に戻し、蔵から取って置きの赤ワインを選ぶ。前に甘めのものが好きだと言っていたな、と思い出して今手に取ったのとは別の、甘めの取って置きを取りリビングに戻る。時計は19時を過ぎて数分。もう行かなければと、カミュは再度双魚宮へと登る。
と、アフロディーテだけではない別の誰かの小宇宙を感じた。
(……ムウもいるのか)
 彼も夕食に呼ばれたのだろうか。そういえば、ここ一週間は執務等々で教皇宮に詰めていると言っていたことをふと思い出す。昔から自分や他の黄金達に世話を焼いていた人故に、不摂生はいけないと面倒を見ていたらしい。
終わりの双魚宮内に、始まりの牡羊座の小宇宙。私と同じく魚座と隣合っている星座。ただ聖域内では二人の距離は一番遠い。しかし同じテーブルを囲み夕食を取る二人は親しげに会話を弾ませている。立地の距離など関係なしに、二人は今共にいる。
……それが少しだけ寂しいと思ってしまった。隣人ながら一週間アフロディーテに会えなかった。反面隣人のムウはほぼ一週間共にいた……。
「カミュどうかしました?」
「…なんでもない」
「あっ…済まないカミュ、仕事の話は君には退屈だったね」
 もっと面白い話をしよう、と私を気遣ってくれるアフロディーテに込み上げてくるものがあった。我ながら単純だと思っている。この美しい先達の隣人が、私だけを見て微笑んでくれている……それだけで一週間間アフロディーテの隣を開けていた孤独が埋められていく。
 話もそこそこに、ご馳走になった礼に夕食の片付けを申し出たが任務空けで疲れているだろつからとアフロディーテが言い、同じくご相伴に預かったムウが片付けをすることになった。
他愛ない話をしながらアフロディーテと自分はリビングに戻り、ホワイトレザーのカウチにアフロディーテと二人座る。テーブルには飲み掛けのサングリア。シュラの手作りだという。ワインと漬け込んだ果実の甘味と微かな苦味と深味がなんとも言えない旨みを生み出している。自分と同じくグラスを煽るアフロディーテの、艶やかな唇に残る赤い雫。その艶やかな姿に理性の糸が音を立てて切れていく。
「アフロディーテ……」
 思っていたより抵抗らしい抵抗を受けなかった。顎を捉えて唇に着いたサングリアごと唇を舐める。
「カ、ミュ」
 自分の名前を紡いだ刹那に舌を差し込む。甘くて苦いアフロディーテの舌を絡め取り、何度も擦り合わす。
「……抜け駆けは狡いのでは?」
 視界の端にシスル色。片付けを終えたムウがリビングに戻ってきた。抜け駆けも何もない。一週間も耐えていた私としてはアフロディーテが欲しくて堪らないだけだ。
「私も貴方と同じですよ」
 何が、と小宇宙通信で問えば、ムウも教皇宮に詰めていた故に自分と同じく一週間誰とも寝てないという。にわかには信じられなかったが、私の胸元でキスの恍惚に浸るアフロディーテが肯定したのだから間違いないだろう。
ここにいる三人とも一週間ぶりとは……たまたまだろうがなんだか繋がっている気がして、妙に感情が昂る。クールにならねばならぬというのに、この美しい人のこととなるとどうにもクールになれない。ムウも同じなのだろうか。
「どうします? 私は三人でも構いませんけど?」
 ちらり、とアフロディーテを伺うと彼も首を立てに小さく振った。
「アフロディーテが良いなら」
「では今宵は三人で…」
 ムウの瞳がギラリと輝いた。着火するのが早いなと思っていると、貴方もね…と不敵に妖艶に微笑む牡羊座。アフロディーテから言わせればどちらも同じらしい。しかしより貴方のことを愛しているのは、この私の方だ。


稲宮さんのお誕生日プレゼントに捧げさせて頂きました〜

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -