海に帰ってきました

 空を映した美しいマリンブルー。海風が水色の髪を誘って弄ぶのをされるがままにして、アフロディーテは目の前に広がる海の光景に暫し見入っていた。
 ここのビーチは我等が女神でありグラード財団総帥の沙織お嬢様のプライベートビーチの一つらしい。日頃の労を労い黄金聖闘士のみならず白銀や青銅達にもここで遊ばせていて、俺達にその順番が回ってきたのは夏も終わりかけの頃だった。
潮風と薔薇の香りが混じるこのビーチにいるのは俺とアフロディーテだけ。そう二人きりだ。他には何もない。青い空と碧い海。その辺にごろごろしている岩肌に何羽かのカモメ。猫も珍しく腹を出して日向ぼっこしていた。足元には白い砂。その砂の上に立つアフロディーテの脚もまた白い。あいつの足首あんなに華奢だったけ?なんてぼんやり考えていると、脚が動きだした。サンダルをその辺に脱ぎ捨てて、打ち寄せる波に逆らう様に海の中へ。水が跳ねるのと同時に、水色のふわふわな髪も跳ねる。表情は見えないが、嬉しそうだということはなんとなく解る。
「デス」
「なんだよ?」
 手を招く魚。サンダルに砂が入ってジャリジャリになるからこれ以上は進みたくないのだが……。
「デスも早く来なよ」
 せっかくの休みで、せっかくの海なのだぞ。とアフロディーテは笑う。こういうのは楽しんだもの勝ちだ。と、飛んでもなく綺麗に笑いながら尚も伸ばしてくる腕。
「……しゃーねぇな」
 美人のお誘いを断るのはナンセンスだ。早々にサンダルを脱ぎ捨て、アフロディーテの元へ。伸ばした手を取り、甲の部分に軽く口付けると、驚いたアフロディーテが咄嗟に腕を引っ込めようと手を引く。が、そんな魚をこの俺が逃がす訳ないだろう?
「うおっ」
 ぐいっと自分の方へ引っ張って綺麗なお魚を腕の中に閉じ込める。潮風の香りが遠い。空の青色とも、海の碧色とも似つかわしくないシアンブルーの髪の毛に顔を埋めて胸一杯にアフロディーテの香りを吸い込む。
「…あー薔薇くせぇ」
 我々に所縁ある海よりも、アフロディーテの隣にいる方が余程落ち着く気がする。
「なぁもう帰ろぜ?」
「まだ来たばかりではないか」
「それはそうなんだけどよ」
 砂浜でまぐわるのは嫌だろ?と敢えて、はっきりと耳元で囁いてやれば、途端に火が着いた様にぼっ!と真っ赤になった。頬だけでなく耳まで赤くする可愛い魚に愛しさが募る。
「…君という奴は」
「へっどうせ馬鹿だよ」
 抱き締める腕に力を入れる。なんだかんだ言いながらされるがままのアフロディーテも、満更では無いらしい。素直じゃないな、と暫し二人でぼんやりと海を眺めていた。

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