ロゼッタ

 シャワーコックを捻り熱いお湯を被る。日本ではお湯に身体を慣らす為に足から掛けるらしいが、シュラは頭から被るほうが好きだった。逆立つ髪の毛がお湯に濡れてしんなりと垂れる。こう見たら短髪に見えて、結構長い髪をしているなと、アフロディーテは浴槽に浸かりながら思う。堅い髪質の印象を受けるが存外シュラの髪の毛はふわふわしている。多分これは触ったことがあるアフロディーテしか知らないことだろう。
「ん、どうした?」
「愉悦に浸っているのだよ。」
「なんだそれ。」
 可笑しなやつ、そう言うとシュラはシャンプーに手を伸ばす。アフロディーテはゆったりとした動きで、ぽいっと今朝摘んできた薔薇を浴槽に浮かべていく。ちゃんと無毒である。次に咲く花を良く見せる為に必要なことで、だからといって無闇に花を棄てたりせずこうやって薔薇風呂等に利用しているのだ。入浴剤で白くなったお湯に赤い薔薇は良く映える。そしてバスルームはたちまち薔薇の香気に包まれる。
「む、目に入った。」
「目開けたままシャンプーするからだよ。」
 子どもの時も今みたいに目に入ったなんて騒いでいたっけ。お湯で目を洗うシュラに、懐かしそうに思い出し笑いをしながらアフロディーテは彼にタオルを手渡す。
「すまん。有難う。」
「どういたしまして。」
 返されたタオルを受け取ると濡れないように空になった花籠の中に放り込む。
 シャンプーが入った目を鏡で確認して、次にシュラは身体を洗いだす。シュラはトリートメントを使わない。理由はふわふわの髪の毛が余計に逆立たなくなるかららしい。一回しっかりとトリートメントして、ふわふわでさらさらな髪の毛にしてみたいとアフロディーテは企んでいる。これはデスマスクにもやってやりたいことだ。
「そう言えばお湯の温度は何度だ?」
「38度。」
「温い。沸かせ。」
「私を逆上せさせるつもりか。」
 先程シャワーの件で述べた通りシュラは熱めのお湯を好む。しかしアフロディーテは北欧生まれだからか、熱いのは苦手らしく温めの湯を好む。
 ぷつん、ぷつんとお湯に浮かべた薔薇を一枚一枚花びらに分かちながらアフロディーテはシュラの言葉を無視して温いお湯を楽しんでいる。
 仕方無いと根負けしたのはシュラだ。何時だか風呂の湯を40度ぐらいの設定で沸かし、そんなに長く入っていなかったと思うのだが結果逆上せてしまったアフロディーテを介抱したことがある。急いで隣の宝瓶宮まで走り、説明も程々にカミュにアフロディーテを冷やして貰ったのだ。
 あの時の様にまたカミュに迷惑を掛けてはいけない。そう思いながらシュラは薔薇の花が浮かぶ浴槽に浸かる。そして。
「…温い。」
 やはり38度はシュラには温かった。
 アフロディーテは素知らぬ顔で三つめの薔薇を手に取り、また花びらを分かつ。花びらがどんどん増えていく。その内浴槽内は赤で埋め尽くされるだろう。
 流石に大の大人が二人同時に入浴するには自宮の風呂だと狭い。しかし教皇宮の様に自宮の風呂場を馬鹿でかくするのも憚れる。あんなに大きくしなくても、何だかんだ言いつつもこうやって寛げるならシュラはそれで良いと思った。
 近くに浮かぶ赤い薔薇をおもむろに手にするとシュラは乳白色のお湯の中に沈める。そしてそれは直ぐに浮かんで、船の如くお湯の上を漂う。何時もあの庭園で嗅ぐ香りより、水に濡れてより強く甘く香る薔薇の芳香。アフロディーテと同じ香り。
「上がったら何飲む?」
「…そうだな。ロゼで良いだろ。」
 嗚呼自分はこの薔薇にすっかり毒されている。
 お湯に沈む水色の髪の毛を掬う為に手を伸ばす。水にたっぷり浸かっていた髪はきちんとシャンプーもトリートメントもしたお陰で瑞々しく照明に照されてきらきらと輝いている。濡れていてなお立ち上がるシュラの堅めの髪とはまるで反対だ。
「引っ張らないでくれたまえ。」
 痛いからと微笑むアフロディーテ。そんな強く引っ張ってはいないとシュラ。
 ちゃぷんと沈む薔薇の花びら。シュラがアフロディーテの手を引いて位置を変える。後ろからシュラはアフロディーテを抱き込む様に座らせた。
「…甘い。」
 濡れた髪の毛を避けて、現れた首筋に顔を埋める。ひくりと身体が震えたが、無視する。さっきのお返しだ。
「シュラっ。」
 アフロディーテの声が震える。首筋をキツく吸ってやったからだ。ちゅっと可愛いリップ音の後に咲いた紅い華。何処か満足そうなシュラだったが、甘い空気は一辺する。
「アフロディーテ…?」
 くたり…身体の力が抜けてお湯に沈む魚。嫌な予感がする。そして嫌な予感程当たるものである。

***

「以前もこんなことがあったな。」
 カミュはシュラからの小宇宙通信を受け取り、磨羯宮へとやって来た。緊急事態だから直ぐに来てくれと、珍しく切羽詰まったシュラの声に何事かと思い急いで来てみれば……。黒いシンプルなソファに寝かされていたのは長湯で逆上せたアフロディーテの姿。
「まさかと思うがまた逆上せさせたのか?」
「…すまん。」
 失態を繰り返さないシュラにしては珍しい失態だ。ソファに近付きひたり…とアフロディーテの赤い頬に触れる。やはり熱い。水色の髪の毛の隙間に赤を見付け、髪をそっと避けてみると彼の首筋には紅い華が咲いていた。…何をしていたのか嫌でも分かる。
「風呂で事に及んで逆上せさせるか…。」
 ジトッと軽蔑の眼差しを向けるカミュにシュラは必死に弁明する。
「ご、誤解だ!今日はまだ其処までやっていない!」
「…まだ?」
 ならばやる気だったのか。と絶対零度の眼差しを向けるカミュにシュラは最早反論する余地も意味も無しと、カミュに頭を下げる。
「…すまん。兎に角冷やしてやってくれ。」
 すっかり意気消沈し角の折れた山羊…もといシュラに対しカミュは言葉を続けなかった。これ以上言わなくてもシュラはもう分かっているからだ。シュラが部屋を出ていったのとほぼ同時にアフロディーテは目を覚ます。
「…ぅん…、…カミュ…か……?」
「まだ起きないほうが良い。」
 まだ顔が赤いアフロディーテの動きを制止しつつ、カミュは適当に其処に置いてあったスツールに腰を掛ける。そして彼の体温を下げる為に太い血管がある首筋を冷やし続ける。
「…シュラは…?」
「隣の部屋で反省している。」
「…そうか。迷惑を掛けて済まなかったね。」
 それでも気丈に振る舞う麗人は力なく微笑む。そんな彼を見てカミュは思わず目を反らす。上気して赤くなった顔に、熱で浮かされて潤んだアクアブルーの瞳……この部屋に自分だけで良かったと思う。元から凄まじい美貌だ。こんなアフロディーテをシュラが見たら大変な事態に陥っていただろう。存外シュラはムッツリであるから。仮にそうなると最早カミュ一人ではどうにもならない。
いや、フリージングコフィンをすれば何とかなるか……?
「ねえカミュ。」
「何か?」
「ちょっと冷た過ぎるかな。」
「…そんなことは無い。」
 そうでもしなければ自分の体温が上がってしまったことがアフロディーテにバレてしまう。彼は今不可抗力でこの状態になっているのだ。それに鼓動を早めている自分もどうかしている。



逆上せた魚。真面目な分ムッツリな山羊。何だかんだ優しい水瓶。
上三人でわちゃわちゃ。山羊魚に見えて、本当は水瓶魚かもしれない。

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