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 我等が女神は時折年相応の振る舞いをする。神の化身で或るが、言うなれば彼女も人の子に違いない。
「だからと言って、皆に黙って神殿を抜け出すのはお止め下さい。」
 何度かこうして忠言してきたが、効果を発揮したことは一度もない。今日こうして伝えた言葉もまたアテナの前には意味を為さないのだろう。
 アフロディーテのため息の意味なんて露知らず。庭園の薔薇達を愛でながら、アテナはどんどんと先に行ってしまう。此処等一帯の薔薇は彩り豊かで、恐れ多くも女神にも気に入って貰えている場所だ。しかし幾ら毒が無いとはいえ、薔薇の中は棘が鋭利なものも多く、一人で居られる時に怪我でもされては困る。故にアフロディーテも共に歩いているのだ。
「仮に指を切ったとしても貴方のせいだなんて言わないわ。」
「えぇ、貴女ならばそう言うでしょう。」
 薔薇に傷付けられたくらいで神の力どうこうがが弱まると言う話ではない。ただ、何事があったのかとシオン様やサガに呼び出され責められるのではないか…そう考えるだけで、クソガキ時代の説教を思い出して背筋が寒くなる。
「ねえアフロディーテ。貴方の言うクソガキ時代ってどんな感じだったの?」
「…本当、絵に書いた様なクソガキです。悪戯は日常茶飯事、やるなと言われた事をやり、兎に角禁と言われたことは破ってばかりでした。」
 聖域に連れて来られた蟹座と山羊座と魚座を背負う三人の子ども。色々なものを無くしたり、亡くしたりしてきた子ども達は、自分と似た様な境遇を持っていた。歳もそんなに変わらないのもあってか、打ち解けるのに時間は掛からなかった。そこからは、なくしたものを埋める様に。或いはなくさなくて良かった、当たり前に過ごせる筈の時間を取り戻す様に似た者同士三人で一緒に過ごす様になった。厳しい修業も、眠たくなる座学も、時折心を苛む昔の記憶も、三人でいれば乗り越えられたし、寂しく無かったし、何より一緒にいて楽しかった。それは今でも変わらない。
「大切なのですね、あの二人が。」
「えぇ。彼等もそうですが今は貴女も、聖闘士達も、この地上の凡てが私にとって掛け替えの無い…大切なものです。」
 自分が蘇って尚此処にいる理由。凡ては女神が治め愛する地上の平和の為に。なくしたものはもう戻らないけれど、自分達の様な思いを人にして欲しくはない。護れるならば、何だってどうしたって護ってみせる。
「有難う。貴方が私の聖闘士で本当に良かった。」
「勿体無きお言葉…。」
「でも、余り無茶はしないで下さい。この間も怪我を捺してまで任務を全うしたと聞きました。アフロディーテが平和の為に尽くしてくれることには感謝をしています。だからこそ、貴方は生きなければならない。生きてその責務を果たして下さい。」
「…出来る限り善処します。」
 神としての姿から、アテナはまた年相応の少女へ戻る。今度はアフロディーテの手をとって庭園の中を共に歩いていく。恐れ多いだの、誰かに見付かったら怒られるだの、一人どぎまぎするアフロディーテに、アテナは「大丈夫よ」とずんずん進んでいく。
 そして気が付けばつい数十分前までアフタヌーンを過ごしていた場所に戻って来ていた。テーブルの上の紅茶もおやつに焼たスコーンもすっかり冷めてしまっている。
「今変わりのお茶を…。」
「その前に一つ良いかしら?」
「はい?」
 何処に隠していたのか。振り返った先にいたアテナが、その細い華奢な腕に抱えていたのはダークピンク色の薔薇が集められた花束。
「お誕生日おめでとうアフロディーテ。今年もまた貴方の誕生日をお祝い出来て嬉しいわ。」
「…有難う、御座います。」
 傅くアフロディーテに40の薔薇の花束が手渡される。顔を上げた瞬間、女神はすかさず彼の額に祝福の口付けを。
「…この様なこと、誰かに見られたら叱られます。」
「あら。私が、私の聖闘士を祝福して誰が怒ると言うのです?」
「いえ貴女ではなく、私が…。」
「その時は私が言ってあげるわ。」
「あ、アテナ…。」
 冗談よ、と笑いながらアテナは言っていたが、半分以上は本気だった気がする。そう心の中で思いながら、しかし決してアフロディーテは口には出さなかった。頂いた薔薇を活けるのと、冷めた紅茶を淹れ直す為にアフロディーテは居住スペースへと足早に歩んでいく。その表情は花の様に綻んでいた。

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2017年アフロたん!

ダークピンクの薔薇の花言葉は感謝。40本は私の愛は本物。

アテナがアフロちゃんに向ける愛は恋愛じゃなくて、大事なものを大切にしたいと思う慈しみの愛のほう。
CPに見えそうで見えない、主従だけど護られるだけじゃないそんな立ち位置の魚座と女神が好きです。

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