オムライス

 双魚宮のキッチンは、自宮のキッチンとは違い綺麗だ。ガス台は勿論シンクもピカピカ。冷蔵庫の中も戸棚の中も、調味料もきちんと整列してあった。自分が分かっていて、取り易ければそれで良い……そう思っている自分が恥ずかしい。
 そう言えば料理を教えて貰っているデスマスクのキッチンも綺麗だと思い出して、獅子はますます自身の鬣をしおらせた。
「…いや! 落ちんでいる暇はない!」
 握りこぶしを作りながら、アイオリアは顔を上げる。真面目な話、落ち込んでいる時間は本当に無いのだ。
 今日アイオリアは非番で、アフロディーテは白銀聖闘士と共に兵達の教練任務に着いている。88星座一の美貌がどうとか言われているが、アフロディーテは自分と同じく黄金聖闘士の名を冠する男。腕っぷしは当然強く、体術の才覚も有る。アフロディーテ曰く、私は余り体術には恵まれていない……と言っていたが、自身の技のことを考慮して完成された戦闘スタイルは、まさに素晴らしいの一言に尽きる。
 どういう内容で兵を鍛えたかは、暫く一緒に教練担当をしていない為に分からない。分からないが腹はかなり空く筈だ。これは間違いない。
 故にアフロディーテが戻って来る前に、夕飯を作ってやりたいのだ。
デスマスクに料理を習って久しい。が、未だに九割方はアフロディーテに食事の面倒を見て貰っている。これでは何のために習っているのか分からない。だから今この瞬間が、ある意味チャンスなのである。
「…よし!」
 持ってきた材料と、双魚宮の冷蔵庫の中のものを前に、いよいよアイオリアの戦いが始まった。


「この小宇宙は……アイオリアか。」
 双魚宮内の居住スペースへと続く回廊を進みながらアフロディーテはアイオリアが此処にいる理由を考える。
「いや、考える必要はないか…。」
 自分と獅子座は付き合っているのだ。恋人が自身の守護宮にいてもなんら問題はない。
こんな些細で分かりきったこと、何時もならば一々気にしないのに。教練した影響かはたまた今までの心労か、未だに神経が立っているらしい。部屋についたらハーブティーでも飲んで気持ちを落ち着かさないと……そうこうしている間に、双魚宮と居住スペースとを隔てる扉の前に着く。一つ深呼吸をしてからアフロディーテは扉を開けた。
「っアイオリア…。」
「何かあったのか?」
 自分の荒んだ小宇宙に気付いたのか、扉を開けた直ぐ其処にはアイオリアが立っていた。今の真剣な表情に似合わない可愛いらしくデフォルメされたライオンのエプロンをにつけていて、そのミスマッチな姿に思わず吹き出してしまった。
「あ、アフロディーテ?」
「ふふ、ふ…。ああ、ごめん。大丈夫だよ。」
「本当に大丈夫か?」
「うん。君のお陰でなんか楽になったみたいだ。」
「そう、か…なら良いんだが。」
 咄嗟に腕を引かれて、抱き締められる。
「…温かいな。」
 人より少し高めのアイオリアの体温が心地良くて、荒れていた心の波もいつの間にか穏やかな海へと戻っていく。そして気が抜けた瞬間、鳴り始めたのは腹の虫。
「夕飯ならもう出来ている。」
「少しは見た目も含めて上達したかい?」
「…た、ぶん。」
「ごめん、意地悪なことを言ったね。」
「いや事実だから。」
 でも今日のは今までで一番上手く出来たから、と獅子は何処か得意気に笑っていた。

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エプロンは星矢くんや青銅くん達から貰ってそう。

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