揺籃 眠りを司る神は何か事が起きない時以外は殆ど眠っている。神殿内に設けられた大広間のヒュプノスの玉座でだったり、先だっての椅子とテーブルしかない部屋であったりと、兎に角神殿内ならば何処でも眠っている。ベッドで眠る時は本格的に休む時だけらしい。大体は連れ込んだ或いは自らやって来たアフロディーテを抱く為に使われ、そしてそこでアフロディーテが休む故に、在るべき主人には中々使われないのだ。 そんなベッドから身体と小宇宙が回復したアフロディーテがのそのそと起き上がる。ふと顔を見上げた先には、ヒュプノスは椅子に腰掛け眠っていた。揺籃の様にゆらゆらと揺れる椅子からは、あの独特の軋んだ音がしてこない。見た目はかなりの年季が入っているというのに不思議なことだ。 「ヒュプノス。」 名を呼んでも答えない。人の子の自分の様に体力の回復をしている訳では有るまいに。弟神さまは気が付けば眠っている。自分がエリシオンに来る前の様だ、とタナトスはそう言っていた。 これをどう解釈するべきだろう。自分を抱く以外に興味が無くなったのか。或いは自分がいることに警戒心が無くなりそれで眠る様になったのか。答えを聞こうにも弟神さまは眠っている。それに何よりその答えを聞くことが怖かった。もし前者ならば……。只の神の慈しみ…アガペーとしての愛撫は受け入れられそうにない。そう思うほどに自分はこの神さまを慕って仕舞っている。戻れないところまで来て仕舞っていたのかも知れない。時の流れとは何と恐ろしいのか。 カシャン…と鳴るのは右足に着けられたアンクレット。あの日以来このアンクレットは外されず、ずっと右足で輝いている。 そう言えば、とアフロディーテは思い出す。アンクレットはヒュプノスが着けたもの。外す為にはヒュプノスの力が必要になる。アンクレットは云わば自分と逢う為の口実。それが未だに外されないということは……。 「…アフロディーテ。」 何時の間に目を覚ましたのだろう。光を映さない金色の瞳には自身が映り、人の子の自分となんら変わりない温もりの手が頬を撫でる。 「何を考えていた?」 「…なにも。」 その手のひらに頬を擦り寄せながらアフロディーテは目を閉じる。我ながらなんと単純なのだろう。 ―――――――――――― 流石に廊下で死んだ様に眠らない筈…(笑) でもちょっとそんなお茶目な弟神さまも見てみたry← |