disclose 現在、シオンとアフロディーテはギリシャを発ち、日本の城戸邸宅の一室にその姿はあった。教皇自ら何処かに出向くということは非常に稀なことだった。しかし何か地上の危機だとかそう言った物騒な話ではなく、女神がいない間は教皇であるシオンに任せっきりの為に、その労を労ってアテナが日本に呼んだのだ。休暇とは言え、流石に教皇一人で外出するのは不味いと、供に連れてきたのがアフロディーテだった。 休暇というのだからてっきり弟子のムウや孫弟子の貴鬼の師弟か、或いは長年の戦友である童虎を連れていくのかと思っていた。しかし白羽の矢はアフロディーテに立ったのだ。 「…本当に私が供で、宜しかったのでしょうか。」 「まだ言っておるのか、くどい。もう着いてしまったのだ。今更言ってもどうにもならん。それに、お前を連れていくと言った時に誰も異論を唱えなかった……ならばお前で問題は無いということだ。」 まだ納得をしていないというアフロディーテを見、シオンは小さく溜め息をついた刹那、いかにも機嫌が良いとばかりに大羊はにんまりと笑う。 「それに、漸くお前との仲を公開、容認されたのだ。此れほど喜ばしいことはあるまい?」 「…あの時は心臓が止まるかと思いました。」 「あのくらいでうろたえるとはお前もまだまだ未熟よの。」 このことについては未熟もなにもないと思うが…。そう思いながらもアフロディーテは黙ったままだった。 あの瞬間、シオンと自分との関係を公表された時……本当に息が止まった。思考回廊もストップし、自身に流れる時間その全てが停止した様で。なにもかもが終わったとすら思えた。 久遠と刹那。 しかしアフロディーテが危惧する様な非難や制止の声は黄金聖闘士達からは上がらなかった。寧ろ、「そうだったんだ。」と皆あっけらかんとしていた。中には驚いた様子の黄金もいたが、驚き終えたあとは他の皆と同じであった。 その反応に思わず"否を唱えないのかと"問い掛けてしまったが皆、「異論を唱える意味がない。」と言われてしまった。 今度は逆に、アフロディーテが呆気に取られたのである。 必死に周りに隠していたつもりだが蟹座の幼馴染みには感ずかれていたらしく、シオンと長年のよしみである天秤座にはとっくの昔にバレていたらしい。それを聞いたアフロディーテは青くなったり赤くなったりと忙しなく、シオンは「流石童虎よ!」と爺同士バシバシ肩を叩きあって笑っていた。仕舞いにはそっと近付いてきた牡羊座に「ああいう方なので…シオンのことで何かあったら遠慮なく言って下さい。」力になれると思いますよと、耳打ちをされる始末。 ……という数時間前の出来事を思い出してアフロディーテは小さく溜め息をつく。シオンの言う通り、皆に認知され受け入れられたことは素直に嬉しかった。嬉しい…のだが、一言の相談も無しにサプライズで公表するのは是非とも止めて頂きたい。かなりの場数を越えて来たが、あの瞬間ほどその場数が意味を為さないことは無いだろう。 何処と無く疲れた顔のアフロディーテに、シオンは近くにと自分が座るソファーの空いている部分を叩く。やはり少しだけ戸惑ってから間を開けてアフロディーテはシオンの横に座った。 「もっと近くに。」 「…もう十分に近いかと。」 「良いから近くに来い。」 未だふてくされているアフロディーテを引き寄せる。意外にも素直に肩口に頭を置いてきた魚に、シオンは口元を綻ばせた。 いつぞやかの幼い時、デスマスクやシュラと喧嘩した時も、こうして口を尖らせてぶー垂れていた気がする。あれから随分時が経ってしまったが、シオンの手はあの時と変わらずアフロディーテの頭を優しく優しく撫でて、水色の髪の毛を梳く。 「さて…アフロディーテ、お前は何処に行きたい?」 「…シオン様が行きたいところに私は着いて行くのみです。」 「つまらん回答よの。」 「あなた様の休暇に供として来たのです。この回答は至極当たり前かと。」 「供とするならな。しかし私は恋人として聞いているのだ。」 「こっ…!」 「詰まるところ、デートをしようと言うとるのだ。この鈍ちん。」 「にぶっ…!……もう、良いです。」 益々ふてくされるアフロディーテだが、結局はシオンにされるがまま。寧ろ逆に擦り寄ってくる辺り、何処にも行かずこうして甘えたいのだろう。 今までは夜の闇に紛れて、短い時間しか共にいられなかったが、此よりはその必要もなくなるだろう。これで少しはこの魚の気持ちは軽く、楽になっただろうか。否、聞かずとも行動で示してくる可愛い魚座をシオンは愛でる。 ―――――――――――― 心配事は杞憂でした。 |