移り香 今朝は冷える。いよいよ夏も終わりが近付いてきた様だ。腹に掛かっていたシーツを引っ張り上げて頭から被ると、ベッドの上でアフロディーテはくるりと丸くなる。 「…猫みたいだな。」 そう言いながら、シーツの隙間から溢れる水色の巻き毛を撫でる、日に焼けた手。絹糸の様な柔らかい手触りの髪と、同じくシーツの隙間から僅かに見えるアフロディーテの綺麗な顔をデスマスクは堪能する。 何回目かも忘れた、否、最初から数えてなんていない。長く繰り返されてきた二人で迎える朝のありふれた一つの光景。 「…煙い。」 二度寝を止め、もそもそとシーツから顔を出したアフロディーテは苦い表情。ベッドサイドに腰掛けたデスマスクが吹かす煙草に対しての抗議だ。煙草について言われるのも何回目だったか。注意されたところでデスマスクも吸うのを止める訳ではないし、アフロディーテも言ったところで彼が直すとも思っていない。 「吸うなら外で吸え。」 けれども今朝は違った。匂いが移る…と、今朝の魚はどうも機嫌が悪い。何時もなら煙草の匂いくらい気にしないのに。 「…ああ、そういやお前今日は執務仕事だったな。」 吸い込んだ紫煙をふうっと、業とアフロディーテへ吹き掛ける。咄嗟にシーツでガードするが殆ど意味は無い。 確かに同僚の中には煙草を好まない奴もいる。しかし理由はそれでは無いとデスマスクは思った。 煙りが視認出来なくなる時分、再び顔を覗かせる魚。表情は相変わらず険しい。美人は凄ませたら怖いが、怒ってムッとしているなら可愛いものだ。それが愛しい魚座なら尚更。 煙草を灰皿に押し付けて、水色の髪を一房持ち上げ口付ける。微かな動きでも、薔薇の香気はデスマスクの鼻腔を擽った。 「こんだけ薔薇くせぇんだ。俺の煙草の匂いなんざ、教皇宮に上がってる間に消えちまうだろう?」 「そういうことではないのだよ。」 「じゃあどういうこと?」 「…どうだって構わないだろう。もういいからさっさと巨蟹宮に帰れ。君も今日は任務なのだろう?」 「やだね。教えてくれるまで帰らねぇ。」 ごろんと横になるや否や、シーツを剥がされデスマスクに抱き締められて仕舞った。 「…離せ。」 「嫌だ。」 「デスマスク。」 アフロディーテの制止も聞かず、デスマスクは彼の首筋に顔を埋めると薔薇とアフロディーテの香りを思い切り吸い込んだ。 ―――――――――――― ふとした瞬間に蟹の移り香を感じて思わず意識しちゃった魚ちゃん。故に今朝は機嫌が悪かった様です。 ちなみに蟹は周りに弄られるのがデフォ← |