ラベンダーアメジスト 双魚宮に灯る炎が一瞬揺らめく。誰かが宮の中に入った様だ。深夜と云えど、何か急な事案が入らないとは限らない。事象は時と場所を選ばない。故に何があっても良い様に、我等は力を磨いている。 しかし今宵、炎を揺らした事案は物騒なものではなかった。取り越し苦労ならばそれはそれで構わない。地上を護る人達の平穏平和が護られているならば、それが良いことに越したことはないのだから。 「…驚かせて済まない。」 「気にしなくて良い、私も丁度仕事を終えてどうしようかと考えていたところだからね。」 完成したばかりの書類を片付けながらアフロディーテは、心なしか暗い表情を浮かべるカミュへ優しく笑いかける。 「どうしよう…とは?」 「言葉通りの意味だよ。」 現在聖域に流れる時は夜である。平素の大抵の人ならば眠るでだろう。アフロディーテもカミュも今日は夜勤担当ではない。しかし我々は聖闘士であり、いつ何どき、この宵闇に紛れて平和を脅かす敵が出ないとも限らない。故に…おのずから夜に強くなる。 「君も眠れないのだろう?」 君も、と言うことはアフロディーテも同じだった。 「…あれから、ずっとそうなのか。」 元々自分や彼が規則正しい生活なんて送れていたかなんて分からない。けれど、シベリアで弟子達と過ごしていたのと比べて、アフロディーテの…否、彼を含む三人は随分と不規則に生きて来たのだと思う。それが未だに直らないのは、それがアフロディーテにとって当たり前になってしまったから。 13年間の事柄は連綿と続き、不眠となって今も尚彼を蝕んでいる。アテナの慈悲を受けて甦った、今も。 「…さて、どうだろうね。」 やはり明確な答えは得られず、はぐらかされてしまった。しかしこうして眠れない夜を過ごしている事実が全てを物語っている。 「私も、知っていた。」 「…何を。」 「アイオロスから聞いていたのだ。」 あの日。悪に染まった黒いサガの手から逃れる為に、降臨したばかりの赤子のアテナを連れて十二宮を降りるアイオロスから。その真実を。凡て。 「知っていて…私は…。」 何も出来なかった。否、しなかった。 アイオロスの事を信頼していなかった訳ではない。無論それはサガにも言えること。敬愛する先達の黄金聖闘士二人を信じていたから。だからアイオロスが語った言葉凡てを、そのまま信じられなかった。嘘であって欲しいと。 黄金聖闘士と云えど所詮は七歳の子ども。何が正しくて、何が間違っているのか。調べたくとも術はないに等しい状況で、真理を見出だすことはとても難しくて。結局なにもかもが有耶無耶なまま、時は経った。 「貴方達の様にサガについていくことも、アイオロスを信じて糾弾することもしなかった。真実を知りたいと願うだけで、私は結局自ら動くことを……しなかった。」 「…七歳になったばかりの子には無理もないのでは?」 「でも貴方は自ら選んだ。」 あの時九歳だった魚座は同じく凡てを知った上で、悪と知りつつ地上の平和の為に教皇派としての道を歩くことを選択したのだ。たった二つしか、違わないのに。アフロディーテは選んだのに、自分は……。 「私は、」 「カミュ。」 アフロディーテの指が、今まさに開こうとしたカミュの唇を閉ざす。 「それ以上は、何も言わなくて良い。」 自ら背負った魚座には、背負ってしまった水瓶座の気持ちが痛いほど分かっていた。 ―――――――――――― あれです。拙宅のカミュさんは戦記の設定(ロス兄から真実を聞かされていた)です。 |